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2016年3月の2件の記事

2016/03/26

盲点fff 『バイエルの謎 日本文化になったピアノ教則本』 安田 寛 / 新潮文庫

Photoかつて子供たちが手にする初めてのピアノ教則本といえば「赤バイエル」「黄バイエル」だった……

と思っていたら、最近ではバイエルといっても山ほど版があり、昔言われたところの「赤」「黄」がどれにあたるのかよくわからない。
それどころか、1980年代の終わり頃から、バイエルは「本国のドイツでさえもはや忘れられた教則本」とバッシングされ、「私はバイエルは使いません」と見識ぶるピアノ教師が巷にあふれた。らしい。

著者の安田寛氏はそんな、誰もが知っているようで実は誰も知らない「バイエル」に着目し、その正体を追う。

それにしたって。
・バイエルって作曲家は実在したの?
 (不在説、偽名説……)
・日本に持ち込んだのは誰?
・なぜあんな構成なの?
など、あれほどまで普及した教則本とその作者について、ほとんど誰も深く追及してこなかったと知って驚く。
そして、幾人かの音楽教育者が、原典をてんでに都合のよい「バイエル」に改変し、広めてきたという事実にさらに驚く。著作権切れてるからってそれはいいのか。えっ、全部作り話の伝記マンガならある? ……

つまるところ、音楽は音「楽」であって音「学」ではない。
安田氏のテキストにしても、その苦心は別として、学究の姿勢にはいろいろ疑問符が付く。行き当たりばったりに海外の図書館や楽譜の版元を訪ね、たまたま一次資料にあたればラッキー。ほとんど趣味人の自費出版物のノリだ(なぜ現地ロケまでしたNHKに問い合わせない?)。

とはいえ、フェルディナント・バイエルという作曲家個人の真実をたどる旅、そして「静かにした手」や百六の番号付き曲の意図など、教則本としての本当の姿が徐々に明らかになる過程は読んでいて実に楽しい。
子供のころバイエルにお世話になったという方はぜひ。いろいろ呆然とすること請け合い。

2016/03/23

〔短評〕 『調律師』 熊谷達也 / 文春文庫

Photo主人公 鳴瀬玲司は事故で妻を亡くし、自らも大怪我を負うが、そのときから妻が持っていた「嗅聴」──音を聴くと香りが感じられる感覚──を手に入れる。彼はピアニストの道を諦め、調律師として歩き始める、が。

本作は「オール讀物」誌上で短篇読み切りの形で連載されたが、その途上で東日本大震災が起こり、仙台出身の作者は作品の展開を捻じ曲げざるを得なくなる。

不謹慎の謗りを受けても仕方ないが、個人的には「文学」の成立が困難になったこの時代に新たに何か峻厳なものが描かれるためには、地震や戦争といった大きな厄災がきっかけとなるのではないかと思う。だが、兵庫県南部地震も、一連のオウム事件も、東日本大震災も、ドキュメンタリーは別として、今のところ大きな黒い翼として結実したという報告を知らない。

本作においても、さまざまな要素が未消化に終わった印象は否めず、そもそも、主人公の喪うモノがハナから盛り込み過ぎだったようにも思われる。そのため、3・11によって連載中に起こったちゃぶ台返しが、いっそ物語をフラットにならし、読みやすいものにしてくれたとも言える。

褒めているのか貶しているのか、いささかはっきりしない私評となっていることは承知しているが、作品としては嫌いでない。少なくとも随所に作者が着地すべき場所を求めて惑い、苦しんだ(はっきり言えば不器用な)軌跡がある。それは貴い。

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