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2016年2月の3件の記事

2016/02/25

噂ほどにはひどくない 『このミステリーがひどい!』 小谷野 敦 / 飛鳥新社

Photo著者はウィキペディアなど拝見した限りではなかなかに戦闘的な方のようである。
しかし、1冊の本を評価するにあたり、作者の地がどうでどう考えてなどということは二の次だ。そのスタンスにならえば本書『このミステリーがひどい!』はなかなか面白く読めた。

本書における著者の立ち位置を簡単に書けば「自分に正直に」といったところか。
ミステリーやSF小説の類は、誰しも年齢や状況によって楽しめたりつまらなかったりするものだが、著者は都度都度の作品評を数行で切って捨てる。いわく、

 (西村寿行の『犬笛』は)どのみち監禁されている場所の近くへ行かなければならない設定がバカ過ぎる。

 (大坪砂男の『天狗』は)今回初めて読んでみたが、実にくだらない短篇であった。

 (アジモフの『黒後家蜘蛛の会』のラジオドラマに)私はあきれた。普通に考えてもバカミスである上に、チップを渡すなどという習慣のない日本人には、大バカミスである。

 (クリスティについて)何でもやるバカミスの女王である。

などなど。古典から大家まで、右も左も一刀両断胡椒の利いた支那竹の勢いだが、よくよく読めば一つひとつの指摘はそうひどいわけではない。「いったい俗謡に合わせて人が死ぬと何が面白いのであろうか」など、言われてみればまったくその通りだ。
要は、古典だろうが名作だろうがナントカ賞の受賞作だろうが、読んでつまらない作品はつまらない、それだけのことなのである。つまらないことを示すために「ネタバレ」を忌避しないこともまた筋は通る。「ネタバレ」忌避をいいことに身内ボメを繰り返す書評や惹句に比べれば毒舌のほうが格段に好ましい。

一方で著者は少年時代に読んだルブランのルパンものを「実に面白かった」と讃え、『刑事コロンボ』や『警部マクロード』を「夢中で観た」と明かし、乱歩が黒岩涙香の作を書き直した『幽霊塔』に「夢中になった」と述懐する。また、西村京太郎『天使の傷痕』、筒井康隆『ロートレック荘事件』、広瀬正の作品群、北村薫の「円紫さんと私」シリーズ等への評価も隠さない。

つまるところ、やや純文学寄りの熱心なミステリーファンが、自分にとって少年時代に楽しんだ作品の閾値にいたらないのちに読んだ作品について「バカミス! バカミス!」とこき下ろしているわけだ。是非を問われれば、その姿勢は誠に正しいと思う。

近代ミステリの祖とされるポーの『モルグ街の殺人』にしてすでにけっこうなバカミスだった。つまり、ミステリなんてそもそもはバカバカしいものなのである。「犯人が実は○○だった」とか「○○で密室に」とか、あり得ないゴールめがけてギャロップを踏み、遊園地のアトラクションのごとく展開のアクロバットを楽しめればそれもよし、あるいは著者のようにダメ出しの限りを尽くしつつ、わずかな出会いを求めて苦行と見えるほど膨大なミステリ作品を追い続けるのもまたミステリの楽しみと言えなくもない。
ただ、どうだろう、あまり個々の作品の取った(ないし取れなかった)文学賞にこだわるのは。まるでそれら文学賞の権威を権威と信じているかのようで、少し痛々しい。

2016/02/12

『虚構推理』 城平 京 / 講談社文庫

Photo一眼一足のツンデレヒロイン岩永琴子がぶっきらぼうなのも、ストーリーが起伏に乏しい──というより全編ほぼ新事実やアクションだらけなのも、これを猟奇ホラーマンガの原作ととらえればさほど気にならない。
本格ミステリ大賞受賞作と聞くとさすがに「おわ」と息が詰まる思いの一つ二つしないでもないが、それもさておき、1冊のエンターテイメントとしてそれなりに楽しめた。
ホラー、SF、ミステリ、ライトノベルなどの要素を組み合わせつつ、ともかく先の読めない、読んで楽しい論理ゲームを志向した労作である。

──っと持ち上げたうえで、気になった点をいくつか列挙しておこう。
(一部、真相に触れるため、以下、未読の方は読まないようご注意ください──とお決まりのお断りを入れてはおくが、この程度書いたからといってネタがバレるほど単純な作品ではないので気にしない。)

というわけで、

・怪異と意思疎通ができ、七瀬かりんの死の現場の報告さえ受けられる岩永の特殊能力をもってすれば、真犯人がどこで何をしているか発見するのはたやすかったのではないか。

・真犯人の目的が今ひとつよくわからない。鋼人七瀬による現実の事件を起こせたところでいちおうの成果を得たとは考えられないか。

・岩永が指摘するとおり「今夜が山」であったなら、真犯人は岩永のIPからの書き込みを数時間制限すればよかったのではないか?

・岩永の攻撃に対し、もしサイト主が貧乳姿で登場していたなら、その後の展開は変わっていたのでは(笑

・「虚構推理」というタイトルはどうか。そもそも岩永や九郎にとって「推理」すべき事柄などなく、必要だったのは「虚構」をもって「虚構」を打ち消す闘争だった。(直接的でつまらないことではなおさらだが)「虚構合戦」ならまだしも内容に即すか?

・ないものねだりを承知で書くが、七瀬かりんの死やその家族をめぐるいくつかの謎が謎のまま捨て置かれたのが惜しい。後半の「虚構合戦」と並行して現実への合理的な解釈が提供されたならミステリとしての厚みは相当なものとなったのでは。

・作中の「まとめサイト」なる用語に違和感あり。ただの「掲示板」では?

・本作に限らず、もし、未来を予言することが一つの未来を選ぶ能力であるなら、それは「全知」の能力を下敷きにしなければならない。でなければその未来がいかなる未来であるか、把握できるはずがないからだ。

以上。

2016/02/04

『Comic S 早川書房創立70周年記念コミックアンソロジー★SF篇』『Comic M 早川書房創立70周年記念コミックアンソロジー★ミステリ篇』

S『Comic S 早川書房創立70周年記念コミックアンソロジー★SF篇』『Comic M 早川書房創立70周年記念コミックアンソロジー★ミステリ篇』、長いので以下『S』『M』と略記。

本の価格についてはなるべく文句を言わないことにしている。
「この内容で○○円は高い」と外からブーたれるのは簡単だけど、版元が「あまり売れそうにないから価格帯高めにしないと赤字」と考えるのも仕方ないことだから。
それでも『S』『M』それぞれすきまだらけの180ページで1冊1,500円(税別)、これはさすがに割高か?

表紙を見ると「これは!」の大物が並んでいる。
『S』なら手塚治虫、松本零士、石森章太郎、永井豪、萩尾望都、ふくやまけいこ、吾妻ひでお、とり・みき、横山えいじ、『M』なら高橋葉介、たがみよしひさ、坂田靖子、などなど。彼らの作品は小品でもペンタッチやコマ運びに「さすが」と思わせる。個人的にはふくやまけいこ、吾妻ひでおの作品にはしびれた。しかし、それ以外の書下ろしがいただけない。編集部に出入りする若手のための炊き出し出版、は言い過ぎか?

M_2とくに『M』がひどい。一番古いので1987年の《ミステリマガジン》掲載作。大半ミステリの体裁をなさず。これで「70年分の謎・トリック・名探偵」はないだろ。

早川書房の歩みを掲載作の編年体で追うのか、
未発表作品を中心にSF、ミステリの新しい切り口を探るのか、
かかわった作家たちのベスト集成を謳うのか、
そういった、アンソロジーの目的にあたるものが全く見えてこない。

一番がっかりするのは、なんら新しい発見がないことだ。
SFやミステリとは(いろいろ定義は出来るとは思うが)要はどちらも「驚き」を提供するものだと思う。SF的小道具を取り上げたり、私立探偵を主人公にすればSFになる、ミステリになる、わけではない。早川の70年とは東京創元社とともに僕たち読み手にその「驚き」を提供してくれる歴史だったはずなのに、今になってこの始末はなんだ。

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