『丘の屋敷』 シャーリイ・ジャクスン、渡辺庸子 訳 / 創元推理文庫
心霊学者モンタギュー博士は、丘の上の幽霊屋敷の記録をとるため、霊感が強いと思われる若者たちを招く。
怪異は静かに、だが確実に彼らに影響をおよぼしていく。子供部屋の冷気、深夜部屋を叩いてまわる音、突然赤く染まる部屋、壁に書かれた「かえりたい」の文字。
やがて──。
『くじ』のシャーリイ・ジャクスンの長編の代表作がこの『丘の屋敷』だ。
原題は‘The Haunting of Hill House’(1959年)なのだが、
1963年に‘The Haunting’(邦題『たたり』)というタイトル、ロバート・ワイズ監督、ジュリー・ハリス主演で映画化され、
1972年に『山荘綺談』というタイトルで早川書房から発刊され(小倉多加志訳)、
1999年に‘The Haunting’(邦題『ホーンティング』)というタイトル、ヤン・デ・ボン監督、リリ・テイラー主演でリメイクされ、
1999年に『たたり』というタイトルで創元推理文庫から発刊され(渡辺庸子訳)、
2008年に創元推理文庫版が『たたり』から『丘の屋敷』と改題された
という翻案、翻訳の履歴がある。
この煩雑な経緯から読み取れることは、以下の2点だ。
第一に、発表されて50年以上経つこのホラー作品が、映像、小説ともに常に注視され続けてきたということ。
スティーブン・キングは本作をヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』と並べ、「この百年に世に出た怪奇小説の中でも群を抜いてすばらしい作品」と持ち上げている。
第二に、この作品の魅力を的確に表すタイトルは、原題を含め、いまだ見当たらない、ということ。映画の広報担当、小説の翻訳者の誰しもが悩んだ末に誰しもが納得できるタイトルにはたどり着けなかったように思われる。だからこそ何度も邦題が変わる。今後も変わるに違いない。
逆にいえば──この作品から滲み出る、静かに神経を侵食していくような恐怖は、数文字程度の適当な言葉ではとても表しえない、ということでもある。
それが、複数回におよぶ映画化、またホラー作品における幽霊屋敷の扱い、また一方その場の誰よりも怪異の影響を受けてしまう主人公の扱いという点で、スティーブン・キングの『シャイニング』をはじめとする少なからぬ継承者たちを生む理由にもなっているように思われる。
ここでは山岸凉子の傑作怪談「汐の声」──幽霊が出ると噂される古い家屋におもむいたテレビクルーの一員だった心霊タレントの少女が一人怪異に追い詰められていくあの短篇──においても、怨念のの要因(たたるもの)は全く異なるにもかかわらず、それでもこの作品の影響が(直接的であったか間接的であったかは知らないが)強くうかがえることを指摘しておきたい。
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