『くじ』 シャーリイ・ジャクスン、深町眞理子 訳 / 早川書房 異色作家短篇集⑥
文庫のあおりでは
〈魔女〉と称された幻想文学の才媛
人間の裡に潜む不気味なものを抉り出し、独特の乾いた筆致で書き続けた
と紹介されるアメリカの女流作家シャーリイ・ジャクスンの「くじ」は、おそらく不快さという点では最も高名な短編の一つに違いない。最近では文春文庫のアンソロジー『厭な物語』にも収録されている。
ある村では6月27日に村人全員が広場に集まり……というこの短篇は、人間に対する強烈な「悪意」を醸造、蒸留し、そこに「無神経」や「暴力」といった(不快な)フレーバーをばさばさ盛り込んだような作品だ。
「くじ」に限らず、この短篇集に収められた作品は、いずれも納得のいかない、納得したくない不安で不愉快な終わり方をする。その悪夢のような読後感を支えるのが、道具、部屋、乗り物など、こまごましたものへの執着、その写実的な描写だろう。「くじ」でいえばくじを収めた黒い箱やくじを引く手順、詳細な登場人物名など。この細部へのこだわりを女流ならではと評しても大きくはずれてはいないように思う。
一方、いくつかの作品で、「ジェームズ・ハリス」という人物がジム、ジミー、ハリス氏など名前を微妙に変えながら主人公の不幸の象徴、もしくは他者の悪意の具現者(?)として登場する仕掛けも面白い。
「くじ」がニューヨーカー誌に発表されたのは1948年、それから現在までには(日本国内だけみても)ショートショートのブームや「いやミス」ブームなどがあり、この短篇集程度の毒では今の読み手はさほど動じないかもしれない。それでも読み終えたときこちらの胸の芯が黒くブレるような嫌悪感は相当なもので、今読み返しても決して古臭い印象はない。
少し残念なのは、桜庭一樹や植村昌実ら、シャーリイ・ジャクスンのほかの文庫の心無い解説者たちによって「くじ」のオチが明かされてしまっていることだ。事前の断りなしにネタばらしをしてしまえる解説者に対しては、能天気という言葉でしか語りようがない。
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