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2015/11/02

リサイクルされる神の王 『図説 金枝篇(上・下)』 J・G・フレーザー=著、M・ダグラス=監修、S・マコーマック=編集、吉岡晶子=訳 / 講談社学術文庫

Photo最近読んだ本格推理『あなたは誰?』には、

  知ってるかね? 二十三歳の頃からずっと『金枝篇』を読みたいと思ってきたが、四十を過ぎた今になっても第一巻すら読み終える余裕もなかったんだよ。(p.194)

とあり、また日本の妖怪を紹介した『河童・天狗・妖怪』では「鬼と死霊」の章に

  民族学者のフレーザーは、世界の諸民族のなかで、肉体的な死の後にも、なお霊魂が存在して、いろいろな働きをするという信仰をもつところでは、たいがい、死人に対する恐怖があるとしている。(p.206)

とあった。つまり、これらの書物において、フレーザーの『金枝篇』は人生必然の教養書なのである。
また、偶然にせよこのような出会いが続いたなら、迷信深い未開人が、フレーザーを読まなくてはならないという衝動にかられたのも当然である……と、フレーザーなら書いただろうか?

ジェームズ・ジョージ・フレーザー(1854-1941)、イギリスの社会人類学者、民族学者。40年の月日をかけて世界各地の信仰と習俗を蒐集した『金枝篇』全13巻を書き上げた。
翻訳には、
・1890年に刊行された初版の訳本『初版 金枝篇』(ちくま学芸文庫、全2巻)
・第3版13巻本の完訳『金枝篇‐呪術と宗教の研究』(国書刊行会、全10巻別巻、完結時期未定)
・一般読者にも広く読まれることを望んだフレイザー自身による簡略本『金枝篇』(岩波文庫、全5巻)
・S・マコーマックが第3版を要約し、挿絵を付けた『図説 金枝篇』(東京書籍 全1巻、講談社学術文庫 全2巻)
などがある。
今回読んだのは簡略本の講談社学術文庫版。それでも読み応えは十分だ。

フレーザーはまず、ターナーの描いた「金枝(Golden Bough)」という絵画作品に着目する(漱石の『坊っちゃん』で触れられたターナーの作品と思われる)。「金枝」はイタリアのネミの森にある小さな湖と神殿を描いたものだが、この神殿では男は誰でもその祭司となり、「森の王」の称号を得られる。ただし、祭司になるためには、まずその森のオークの樹から一本のヤドリギの枝(金枝)を手折り、時の祭司を殺さなければならなかった。

この神殿に祀られた豊穣の女神ディアナ、その夫ウィルビウスはそれぞれ何を表すのか。また、時の祭司はなぜ殺されなければならなかったのか。
フレーザーはその謎を追うために、(古代ローマやエジプトからスカンジナビア、アフリカ、インド、日本にいたる)世界中の伝説、神話、習俗をあたり、「呪術から宗教をへて科学へと」進む人類の歩みを広く解き起こそうとする。
また、そのために、未開人の呪術を「類感呪術または模倣呪術」と「感染呪術」に分ける。前者は敵に似せた像を傷つけたり破壊したりすることでその敵本人に危害を加えたり殺そうとしたりする試みがそれにあたり、後者は敵の毛髪や爪を燃やすことで敵に危害を加えようとする試みがそれにあたる(憎い相手に似せた藁人形に相手の毛髪を織り込んで五寸釘を打ち込む行為が強力なのは、その両者を包含しているせいといえそうだ)。

『金枝篇』はそれなりに批判も受けている。たとえば資料からの引用ばかりでフィールドワークがなされていない、あるいは一つひとつの事例の間にごく薄弱な関連しかないために理論が頭でっかちになっている、など。しかし、資料の膨大さがそういった批判を圧倒しているようだ。
また、世界各国の古代人に対し、たとえば

  ずるく身勝手にも未開人が隣人を犠牲にして自分を楽にしようとする工夫は、きわめて多種多様である。(下 p.120)

  焼き殺したとしてもなんら不思議はない。人間の苦痛を思いやる気持ちは未開人にはないのである。(下 p.247)

といった具合に傲慢かつ差別的な語り口調が散見する問題もある。これは書かれた時代によるもので、ある程度しかたがないのかもしれない。

ただ、簡略版にせよ、通し読みしてむしろ疑問だったのは、「豊穣のために殺される神」という大きなテーマのために古今東西の伝説、神話、習俗を集めながら、十字架の上で(足を地面につけないで)殺され、復活するキリストとの比較を事例としてほとんど話題にしていないことである。
講談社学術文庫版でキリストの死と復活についてきちんと触れているのは、メキシコの祭りにおいて若い男が「神々の神」テスカポリトカとしていけにえにされるのを

  救世主の死と復活を祝うキリスト教の祭典に相当するものだったといえよう。(下 p.160)

とさらりと比較している部分くらいだった。

また、豊穣と神殺しといえば、古事記のスサノオとオオゲツヒメの逸話が思い浮かぶが、『金枝篇』の3版13巻本がこれについて触れているのかどうかはわからない。

『金枝篇』とは、結局のところいつか全編を読まないと済まされない書物なのかもしれない。

※『金枝篇』では、古代ケルト人の間で、死者の霊が復活し、魔女が飛び交うとされた「ハロウィン」についても触れられている。本項は10月31日にはアップしたかったのだが、間に合わず残念。

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