羊をめぐる妄言 『強欲な羊』 美輪和音 / 創元推理文庫
「羊」をキーワードとする(一部オカルト風味もトッピングされた)サスペンス短編集。
全5篇、いずれも常軌を逸した不愉快な作品ばかりなのだが(褒め言葉である、念のため)、それでも解説の七尾与史氏の「ホラーというよりイヤミスの色合いが濃い」との指摘には少し疑念を感じざるを得ない。
イヤミスといえば湊かなえ、真梨幸子、沼田まほかるの独擅場だが、彼女らの作品、言うなれば真性イヤミス(?)の棚に並べたとき、『強欲な羊』には明らかに足りないものがある。
湊、真梨らの作品では、驕慢な人物が犯罪を犯す、身勝手な人物が殺される──そういった骨組みだけでなく、動機、小さな展開からセリフ、小道具の一つひとつにいたるまで、不安や悪寒を招くネバついた棘が隠れている。全体として滲む腐臭がある。作者がその書き方以外選べなかった(と、実は技術的にそう見せているのであれ)、そう見せる執拗さがある。
文芸批評の常套句で言えば、イヤミスたることに「必然性がある」のだ。
そういった目線で『強欲な羊』の各編にあたると、作品ごとに使い分けられた文体含め、優れて技巧的であるがゆえに、逆にそれぞれの人物や事件の不快さが計算の結果のように読めなくもない。そのためストーリーが二転三転し、最後にことの真相、表題作中の言葉を借りれば「羊の皮を被った狼、あるいは──強欲な羊」が明らかになったとしても、その人物の言動が極端に過ぎて一種大仰な喜劇に見えてしまう。
繰り返すが、テクニック的には本当に巧い。
作者はホラー映画『着信アリ』などでシナリオを担当していたそうで、畳みかける展開、迫るショッカー、いずれも手慣れているのもうなずける。体操競技でいえばE難度の技を連発、といったところか。
しかし、たとえば表題作で事件の表層が二転三転するさまを最初に読んでしまうと、もはや同レベルの技巧では驚かなくなってしまうのだ。
かつて、黄金時代と称された時代のミステリは、難度Eなどとてもとても、宙返りでもせいぜい一回転半程度だったのだが、それでもなんともいえない滋味にあふれていた。
アクロバティックな作品は確かに刺激的だ。だが、刺激と興趣は別ものなのである。
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