山○容疑者かよ 『海から何かがやってくる 薬師寺涼子の怪奇事件簿』 田中芳樹 / 祥伝社ノン・ノベル
驚いた。
一つのシリーズ、一人の作家が垂直落下に劣化していくさまを、これほどアカラサマに見ることになろうとは。
思い起こせば前々作『水妖日にご用心』は語り口のキレの悪さが目立ち、前作『魔境の女王陛下』はジメジメしてまるで面白くない。新作『海から何かがやってくる』にいたってはほとんどエンタメの体をなしていないのだ。
「薬師寺涼子の怪奇事件簿」とは、絶世の美女にして東大法学部卒(成績はオール優、在学中に司法試験と国家公務員採用Ⅰ種試験に合格)の薬師寺涼子27歳が、警視庁キャリア官僚としてさまざまな妖魅怪物の跋扈する怪事件を快刀乱麻に解決していくというシリーズである。
ただし、この薬師寺涼子、性格は最低最悪で、実家の資産とキャリアとしてのコネクションを盾に、歩いて傍若無人、暴れて傲岸不遜を極め、事件に際してはさまざまな建造物や権威を粉砕していっこう省みない。そのため「ドラキュラもよけて通る」ことから“ドラよけお涼”の異名を持ち、上司たる刑事部長はもちろん、警視総監にまで恐れられている。
……という破天荒なストーリーがめっぽう楽しかったのも少し前までで、最近は作者の浅薄な政治批評があまりにしつこく、前作では反原発、今作では反安保法案、それを作中で主張するのはよいとして、ほとんどがなんら論拠のない陰謀論や個人攻撃、揶揄中傷で、そのためストーリーが転がらないのである。
(反原発や安保法案、ないしそれらにかかる政治運動について是非を語るのが主旨ではないので、詳細は省く。)
そもそも顧みれば、涼子当人の能力は美貌や美脚や格闘技のキレを除けば、学歴、キャリア官僚、父親がオーナー社長を務めるアジア最大規模の警備保障会社など、まさしく涼子が嫌忌する権威権力側の御威光に依る。本シリーズはいわば巨悪を倒すにさらなる巨悪をもって、という構造がバカバカしくも痛快、というものだったはずだ。そのストーリーに作者個人の子供っぽい政治信条をまき散らかせば、バランスが崩れ、全体のノリが壊れるのは自明。
その結果、公安委員長や自衛隊隊員、米軍兵らはただひたすら「感じ悪いよね」を演ずるばかりだし、かんじんの海からやってきた怪物は妖怪でなく貴重な新種の生物だったにもかかわらず、(捕獲が困難とはいえ)調査、研究の対象とされないまま葬り去られてしまう。しかも、飛行艇をも撃ち落とす攻撃力をもつ象のように巨大な怪物をとらえる武器として涼子たちが用いたのが……。
新人が書いたならそもそも本にしてもらえなかったに違いない。
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