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2015/08/22

(覚え書き)『怪奇文学大山脈 西洋近代名作選』

先に紹介したアンソロジー『怪奇文学大山脈』についての覚え書き。調べが浅い、というよりそもそもきちんと裏付けをとったものではないのでご容赦ください。

Photoχ このジャンルの文芸作品に対し、日本語では「怪談」「神秘小説」「幽霊小説」「恐怖小説」「幻想小説」など、さまざまな呼称が用いられている。本アンソロジーでも、Ⅱ巻巻頭の解説には「怪奇小説」という名称がどのような経緯で定着するにいたったかが詳細に記されている。──にもかかわかず、なぜシリーズ名には「怪奇文学」を採ったのか。また編者にとって「怪奇文学」と「怪奇小説」その他はどう異なるのか。どちらを推進したいのか(各巻の解説中には「怪奇文学」はほとんど使われていない)。

χ [‫Ⅰ巻 p.12-13] 本アンソロジーは「怪奇小説をみつける喜び」を読者に味わってもらいたい、未訳のまま残された「叢(くさむら)のダイヤモンド」のような作品を紹介したい、との動機に端を発し、さらには西洋近代の「怪奇文学発展の歴史というべき大山脈が一望できるような文芸地図を描きあげること」ことを目的とした、とある。しかし……そもそもこの2つの目的は、並び立つものだろうか?

χ 各巻巻頭の解説において、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)や荒俣が師と仰ぐ平井呈一はじめ、日本における西洋怪奇小説の紹介者についてあれこれ記されている。しかし、各巻に選ばれた作品やその並びはとくに日本への怪奇小説の伝播とは関係がないため、日本での怪奇小説の扱いについて書かれた部分の目的が明らかでない。まるで、編者が知っていることをただ書きたかっただけのようにも見える。

χ ハーン、平井、乱歩、澁澤や種村、最近でいえば東雅夫らに比べてどうしても荒巻宏に魅力を感じることができない。酷い言い方をするなら──精神性の欠如。

χ 表紙に昔の雑誌のカヴァーアートを用いるなら、その旨断るべき。たとえばⅡ巻の表紙画はⅢ巻収録のカール・ハンス・シュトローブル「舞踏会の夜」が掲載された「デア・オルキデーンガルテン」誌の表紙画(Ⅲ巻 p.494に図版あり)。Ⅰ巻、Ⅲ巻の表紙画にいたっては出典がわからない、だけでなくそれぞれの収録作の内容にも必ずしも似つかわしくない。

χ [Ⅰ巻 p.410] 1978年のアンソロジーに収録された出所不明の捏造品(と思われるもの)が「十九世紀初めの名もなき煽情小説を偲ぶメモリーともなっている」「端的に当時のジャーナリズムの実情を伝えている」……いったい何を言っているのだ?

χ [Ⅱ巻 p.428] 「女流ファンタジー作家とは、彼女のような女性のことを指し、そばにはいつも紅茶と猫がいるのではないか、と空想したくなるような女性である」……会ったこともない作家に、女流だからとなぜにこのレッテル。

Photo_2χ [Ⅲ巻 p.57] 「言い方はわるいが『ちり紙の一歩手前』のごとき」「内容もほぼすべて煽情的な大衆向け小説類で埋められていた」と編者自ら貶めるパルプ・マガジンから作品を選択する理由がはっきりしない。その中に現代的な価値・魅力を認めるのか、編者個人として抗いがたい魅力を感じるのか、屑は屑として歴史的資料として紹介するのか。コレクトばかりでセレクトの意図がわからない。

χ Ⅲ巻ではパリ、モンマルトルの「グラン・ギニョル」劇場で演じられた残酷劇に紙面を割いている。これはこれとしてまとめるべきだったのではないか。Ⅲ巻全体で各国のパルプ・マガジンに氾濫した刺激的な娯楽作品、としてしまったためどうも焦点を絞りづらい(それぞれに関連があるのか、ないのか)。

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