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2015年4月の5件の記事

2015/04/28

俺の空っぽは… 『ハルロック(4)』 西餅 / 講談社 モーニングKC

4晴ちゃんを中心に、皆で起業した「SUMi」(サムアイ)。
話が大きくなってこれからどうなるんだ、と思ったやさき、『ハルロック』は本巻でおしまい。
いつまでも連載続いてほしいとIT業界の片隅で願っていたのだけれど……素材が素材だけに、しかたないか。

> 『ハルロック』は電子工作好きの向阪晴(さきさか はる)が主人公……とばかり思っていたのだが、さっき気がついた、「ロック」とはもしや真下六祐(ましも ろくすけ)のことか。

前回書いて、この最終巻でさらに感じたのは、少年ジャンプの『ダイの大冒険』が実は弱虫だったポップの成長物語であったように、『ハルロック』はダメダメストーカーだった六君の成長物語だった、ということ。最後のシーン、六君は晴ちゃんの頬を染めるにいたる。そしてマーガレットコミックスもかくやのこの表紙(ちょっと鼻血付き)。君はストーカー界の勝ち組として長くその栄誉を語り継がれることであろう。

後半では晴ちゃんが将来について「SUMiの製品に社会問題の解決の一端を担うアイディアを…革命を…」と述懐。かつて新品のホームベーカリーに生ゴミぶっ込んで母を泣かせた電気工作少女だったことを思い起こせば覚醒、もとい隔世、いやどっちでもいいか、の感あり。ただ、原価的に無謀、おまけに天井から落下してタイルやバスタブを破損するおそれのあるお風呂掃除ロボ「うにツインズ」などより、あのGを自動でシュポっと捕まえて触れずに捨てられる「ゴキシュポ」を開発してくれたなら、世のG嫌いの心がどれほどに救われることかっっ(すみません、少し私情入りました)。

ともかく、いい作品でした、いい終わり方でした。ありがとう。

2015/04/23

迷走オーバードライブ 『赤い右手』 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ、夏来健次 訳 / 創元推理文庫

Photoピエロの衣装、白塗りの仮面、真っ赤なマント。
そんな風体の輩が殺人現場をうろうろしていて、もしそいつが犯人だったらまったくバカだし、犯人じゃなかったらもっとバカである。
……てなことを指摘してしまう生真面目社会派のあなたも、「面白そうじゃないか!」とのってくるお耽美猟奇なあなたも、ミステリファンを自称するならとりあえず手に取ってみましょ、カルトな話題作、『赤い右手』です。少なくとも、退屈は──させません。

ハネムーン途上のカップルを襲う異常殺人! 犯人は「猫の死体を抱え」「ぎらついた赤目」「裂けた左耳」「犬のように尖った歯」「鍔がギザギザになった古帽子」「ダブついたズボンが栓抜きのよう」なヒッチハイカー、ついた呼び名も“コークスクリュー”! って、普通乗せるかそんな奴!? 案の定、車は奪われ、カップルの男性実業家イニス・セントエーメはさらわれる!
物語は、現地にたまたま居合わせ、カップルの片割れエリナ・ダリーを助けた外科医ハリー・リドルによって記録される。この外科医、自称「注意力と観察眼に恵まれ」ているくせに、その語りは松岡修造のように底なしに熱く(ぐごごご)、推理も描写も常に妄々アクセル全開だ。その語り口は廃車寸前の軽トラの暴走のようで、時系列はブレブレ、ここでその人物が死ぬことを言っちゃうか、そんな露骨な伏線ありか、こんな情緒不安定な医者大丈夫か、それでも進むよストーリー。

本書の評価は賛否両論、パルプ・マガジンならではの高テンションを楽しめる向きなら絶賛し、現在のミステリの水準で読んでしまう方には嫌われる。それはそうだ、なぜこれで〇〇〇が犯人じゃないんだ!! こんな〇〇の山が許されていいのかっ!!!
おそらく文体や展開に流されて、ミステリのツウほどフェア、アンフェア、伏線の有無につまづき、泥の迷路を歩くに違いない。作者の手の上で歌ってチャランゴ、踊ってルンバ。
いや待て、作者は勢いで書いただけで、そこまで考えていないのではないか? 否、考えないで怪作を残せるならそれこそ天才の証。
なにしろ1940年代に書かれたこの作品、語り手の名前がハリー・ポッターとトム・リドル(例のあの人、ヴォルデモート)の合体ロボなのだ! 知ってた??

バカボンのパパもおっしゃったではないか。
「これでいいのだ」

2015/04/21

難渋三昧 『山躁賦』 古井由吉 / 講談社文芸文庫

Photo決してわかりやすいものではないが、丁寧にたぐれば起承転結の読み取れないほどのことはなく──
などと考えていたら、伊勢屋の餡ころ餅より甘かった。古井由吉の中でも、これはなかなかに読みづらい。難しい。

古典が読めない、哲学書が難しい、物理化学の専門書に歯が立たない、そういうのとは違う。
なにしろ一部を除けばごくありきたりの現代語表記、一文節単位で何が書かれているかわからないほど難解な用語用例が並んでいるわけでもない。それでも、何を語りたいのか、もとい、何が起こっているか、その段でわからない。二度三度ページを捲り返せば多少とも理解に近づく、そんな気すらしない。

病み上がり、熱のひいた語り手が叡山、高野、あちらこちらの山、寺社仏閣を訪ねて彷徨する、それだけといえばそれだけの内容。それなのに、新幹線やタクシーで目的地に向かうと思えばずるりとその地にかかわる物語、歌、信仰に踏み入り、法師やら落ち武者やらが現れて無常を解き、一度限り関係のあった女が低くしゃがみ、塩鯖を担ぐ男をいくさの敗残の群れが囲む。どこまでが現実、幻想、そんな区切り、ハナから明確にする気さえなさそうでかなわない。
そもそも極端に主語の少ない文体で、その一文を語るのが当初の語り手なのかそれとも別の何者なのか、それすら模糊として曖昧。

作中に「むしろ聞えているはずの声がどれも、ほんとうには聞えていない。一点ずつは分明なのだがたがいに表情がとぼしく、あいだに深い沈黙があって揺がしがたく、聞えながらの聾唖の心地すらした」とあるが、それに近い。途方に暮れ行間に置き去られての十二章。

正直言えば古井由吉の一冊を読む、という目的意識がなければとうに投げた。
もちろん、この作者ならではの、ぬるりと妙に生々しい有様、など、ところどころなんとも云えぬ読み応えはあるのだが、全体の難しさに比べればお得感(笑)は薄い。

巻末、作者は本書について「こんなに伸びやかに書けるという幸運に、最晩年までもう一度、恵まれるだろうか、と今では自分でうらやんでいる」と語る。
伸びやかでこれか。できればそんなお愉しみはおき、たとえば『杳子・妻隠』のように、わからないなりにわかる、わかりにくいなりにわくわくする、その程度でご容赦いただきたい。
山の祟り神に祈る気分。

2015/04/11

モノクロームの異彩 『カフカの「城」他三篇』 森泉岳土 / 河出書房新社

Photo森泉岳土の質感は、上質な映画や文藝作品に近い。

水で描いた線に墨汁を落とす、爪楊枝や割り箸でなぞる、という極めて特殊な描技法、加えてもともとは目鼻口を描かず、シルエットだけで人物を描いたというこれまた呆れるような作図法(現在は顔の表情も描かれている)をもって静謐な単色の画面を構築し、そこに配置される切れのいいセリフ、思いがけない、ときに残酷な展開。

初めての短篇集『祈りと署名』は、何が描かれているか、より、描かれたコマそのものが快感を招く、すぐれて実験「的」な作品集である。ただしその「的」は曲者で、凄いものを見ている気にさせることと、それが本当に凄いものかどうかは必ずしも一致しない。
そのため、何が描かれているか露呈しかけた第二短篇集『耳は忘れない』の後半や初めての長編『夜よる傍に』では、描画技法は同じはずなのにコマに緊張感がない。概してこの作者は直接的に登場人物の感情を描かせるとよろしくないようだ。

新作の大判単行本、『カフカの「城」他三篇』は、そんな「文学寄り」の作者が、ストレートに古典的な文藝作品をモチーフとした作品集。
  カフカの「城」
  漱石の「こころ」より“先生と私”
  ポーの「盗まれた手紙」
  ドストエフスキーの「鰐」
それぞれが大判の紙面、16ページで再構成される。

一寸見教科書的な選択だが、逆に、それらの小説がいかに先鋭的だったのかを今さらながらに再確認させられる。
ことにエッジの効いた「城」の示す、凡庸な主人公が1コマごとに迷宮にはまっていく感覚、これは一種カフカ以上にカフカ的だ。セリフや表情から主人公の感情、苛立ちを削り抜いたところが効果となった。
舞台を現代に置き換え、エスプリを効かせた「鰐」もよい。漱石やポーは原作を知らないと展開がわかりにくいところが難点か。

ところで、これだけ特殊な描画技法を選びながら、森泉のページの中で“コマ割り”の枠は頑固なばかりに古典的だ。手塚、石森ほどにも破調がない。
森泉が斬新なようで読み手に安心な理由の一つだろう。

2015/04/06

Newton 2015年5月号 『曲がる! 落ちる! ゆれる! 魔球の科学』 ニュートンプレス

Photoおなじみの真っ赤な表紙、銀色の「Newton」のロゴの下、いつもなら相対性理論だDNAだ虚数だ太陽系の誕生だと物理生物化学数学したテーマが鎮座しているところになんと炎と燃える星飛雄馬のドアップが!

今月のNewton Specialは「魔球の科学」。浮き上がる直球、落ちるフォーク、ゆれるナックルなど野球の変化球だけでなく、本田圭佑の無回転シュート、ナダルのエッグボール、卓球の王子サーブなどさまざまな球技における「魔球」の正体を一つひとつ科学的に解き明かす。
「直球」の正体は実はボールが空気から受ける力(マグナス力)が上向きに作用することによってまっすぐに近い軌道で進む変化球、「フォーク」は重力にしたがって自然に落ちる球、松坂の「ジャイロボール」は……等々、読み応えのある解説、図版が並ぶ。

もっともNewtonはNewton、サブカル誌ではないため、マンガに登場する魔球についての言及は残念ながら多くない。『巨人の星』『MAJOR』『キャプテン翼』、いずれも魔球の描かれ方の一例として扱われる程度で、飛雄馬の大リーグボール2号(というより一徹の魔送球)など数行で一刀両断「不可能」と切って捨てられている。星よ、星よおぉぉ(泣)。

それでもあのNewtonが「魔球」を扱っただけで特筆モノだし、ほかのページもオオサンショウウオの生態グラビア(凄い!)、ハイパーカミオカンデの紹介、最新のステゴサウルス研究成果などなど、興味深い記事、図版、写真でいっぱいだ。
また、永久保存版が増えてしまった。

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