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2015/03/18

何一ツ担ワナイ 『タタール人の砂漠』 ブッツァーティ、脇 功 訳 / 岩波文庫

Photo_2『タタール人の砂漠』(1940年)はジュリアン・グラック『シルトの岸辺』(1951年)との類似性を指摘されており、読んでおかねばならないと前々から気にかかっていた作品。そして「ねばならない」読書ほど窮屈でつまらないものもないため、なかなか手を出せなかったというのが実情。
読み始めてしまえば手練れの翻訳もあいまってさらりと読み終えることができた。

物語は士官学校を卒業し希望を胸に辺境の砦に配属された若い将校、ジョヴァンニ・ドローゴの視点で語られる。ドローゴはいつ訪れるとも知れぬ北からの敵の襲来を待って砦を離れる機会を逸し、緊張と焦燥のうちにただ青春を、人生そのものを費やしていく──。

砦の夜に響く水漏れの音や吹雪の中の死など、一部エッジの立った幻想的描写はさておき、全体を見通せば小ずるい上司、自身の出世欲など、仕事上の行き違いを描いたお役所サラリーマン小説と読めなくもない。

ブッツァーティは「イタリアのカフカ」と称されることもあるようだが、どうだろう、漆黒の穴のようなカフカに比べればどうしても朴訥で穏やかな印象が否めない。主人公ドローゴの空回りする人生も不条理といえば不条理だが、宮仕えならよくある理不尽にすぎない。言葉にすれば「お気の毒」、あたりだろうか(グレゴール・ザムザやヨーゼフ・Kの運命は、むごかったり不可解だったりしても「気の毒」ではないだろう)。
ドローゴの不幸はつまるところ、帰るべきときに町へ帰る、結婚するはずだった女性に態度を明らかにする、確認すべきときに遠方の影を確認する、など、さまざまな局面において彼当人が正面から事態に参加(アンガージュマン)しきれなかったことに起因する。その意味で気の毒ではあっても情けをかける必要はない。

なお、『シルトの岸辺』も辺境の砦に赴任した若者、最後まで始まらない戦闘など、よく似たお話ではあるが、際立つのは全編に張りつめた破滅への予感だろうか。いや、『シルトの岸辺』においては帝国オルセンナの崩落への期待そのものが主題であり主人公であり、登場する者たちはそれを成就するための盤上の駒に過ぎないようにさえ思われる。
それに比べれば『タタール人の砂漠』はよしも悪しくもドローゴ個人の「人生」に主軸をおいた作品であり、読み手が受け取るものもまた取り残された一人分の人生の素朴な重みだろう。

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