『もしもノンフィクション作家がお化けに出会ったら』 工藤美代子 / 角川文庫
(「ごめんくださいな」の声とともにガラララと引き戸を開ける音)
(寝そべった亭主をゆるゆる団扇であおぎながら)おや、階下(した)にお客さんだ。
あの声は、もの書きの工藤さんだよ。どうしたのかねこんな時分に。
あんた、出ておくれでないかい。あたしゃあのひと、なんだか苦手でさ。
ときどき、ほら、来る途中で死んだひとに会ったとか、死んだひとの首がどうとか。
あたしもつい背中ごしに白いものを見たような気になって、ぞうっとしてしまうのさ。
だからたのまれておくれよ、ね。
はあ? 工藤さんたら、そんなこわい話ばかり集めた本、また出したってのかい。
まえにも夜分に本もってきて。あたしにそんなこわい話、したってしかたないのに。
へえ。苦労なさってんだ。お父さんはご立派なお店(たな)おこしてお金持ちだったけど、お母さんと。ふうん。お兄さんは生まれつき? そりゃあさぞかしたいへんだったろうね。
だからだろうかねえ、あのひとの話は、こわいだけじゃなくて、昔や今のこまごまのなかで、いつもおかしなものが見えたり、聞こえたり。
(遠くでドスンと重いものが落ちるような音)
お化けといっても、大きな口をあけておいかけてくるよなもんじゃないんだけど。その分、こしらえ話じゃないのかなって。
でもそれで悪いことが起こるからいやなんだよ。こわいんだよ。
ただねえ、あのひとときたら、いつも自分は霊感がない、霊感がないって言い張って。
よその国まで行って、赤い、へんなもの見て、そういうの、霊感があるっていうんじゃないのかね。
よしとくれ、あたしゃだめだよ。見るのも聞くのもかんべん。犬も飼わない。病院へも行かない。
ほら、煙草の灰が落ちるよ。もうっ。布団の上で喫うのはやめておくれ。
え。その赤いの、煙草の、火?
おや。あんた。どこにいったの?
いやだ、なんであたしこんな窓も階段もないとこに。
あんた。工藤さあん。
あんたぁ。
(バアン、と鉄扉を閉じる音)
ひっ。
(暗転)
(読経)
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