顔の中 『黒い蜘蛛』 ゴットヘルフ、山崎章甫 訳 / 岩波文庫
クモつながりでもう1冊。
カバーの惹句には「作者(1797-1854)は、ケラー、マイアーとならびスイスを代表する国民作家」とあるが、そもそもケラーさんもマイアーさんも存じ上げないのでどうしようもない。とりあえず作品名に魅かれて網にかかってみた。
本作は牧歌的なスイスの谷の村を舞台に、初孫の洗礼の日、招待客から家に汚い黒い柱が使われている由来を問われた祖父がその来歴を説明するというもの。
それは、プロローグののどかな雰囲気を一転させる、悲惨極まりない話だった──。
物語は上記のとおり、現在の枠の中に過去の二度の出来事が収められている。
二度というのがポイントで、つまり今後も神への信仰をおろそかにすれば惨事が再現するだろうという仕掛けである。
事件そのものはヨーロッパ中世の民話にままある、悪魔と取り引きした者は必定悲惨な目に遭うというもの。なお、本作の元となる民話は発見されていないそうで、もしかすると一から八までゴットヘルフの創作だったかもしれない。古い民話とみるとあまりに細部が生々しく、厭わしいのだ。
その厄災、つまり致死の毒をもつ黒い蜘蛛の跳梁跋扈はこの地に二度起こった黒死病(ペスト)の流行を象徴している、との説もある。とすれば、最初に災禍に巻き込まれたのが向こう見ずな余所者女だったことにも説明がつく。
しかし、本作の禍々しさはそんな小理屈では片付かない。
わらわらと湧いて死を撒き散らす黒い蜘蛛を執拗に描く作者の筆遣いは1842年という発表年度を考えるとかなりスプラッタかつ悪趣味で、つまりは教条的観点から人間の身勝手、無責任を責めるという構図をいいことに、悪意の暴虐を書きたいままに書きたかったというのが本音ではなかったか。
ならば逆に、プロローグとエピローグの晴れた谷の風景、赤ん坊の洗礼にまつわる和気あいあいとした会食のやり取り(飲食を断れない代母さんがことに愛くるしい)もまた、作者の書きたかったことに違いない。
そのように考えてみるときわめて現代的、自由な作品のようにも思われ、なんというかちょっと好もしい。
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