ミスディレクテッド。 『ロイストン事件』 D.M.ディヴァイン、野中千恵子 訳 / 現代教養文庫
スコットランド出身の本格推理小説作家、D.M.ディヴァイン(1920-1980)。
1990年代半ば、日本でまったく無名だったこのディヴァインを発掘し、紹介した栄誉と功績は社会思想社にある。いかんせん同社廃業にともない現代教養文庫は全巻絶版の憂き目に遭い、ミステリファンとディヴァインとの再会は、のちの創元推理文庫のラインナップ刊行を待たねばならなかった。
そのディヴァイン作品のうち、『こわされた少年』とともにいまだ創元推理文庫から再刊されていない『ロイストン事件』をたまたま古書店の棚で見つけたので、レジまでボルト走りで購入してきた(ちなみに値札は105円。いいのか?)。
……かつて将来を嘱望されながら、ある事件をきっかけに名誉を喪った主人公。決着がついたはずの昔の事件が新たな殺人を招き、主人公をめぐる人々の世界が少しずつ崩れていく。
『ロイストン事件』はディヴァインの作品のいくつかと似た構成にのっとっており、主人公の失望が苦ければ苦いほど作品の滋味は深い。また、随所にミスディレクションのテクニックが駆使され、当て推量では犯人を特定しづらいのがこの作者の特徴で、本作も解決の手前まで読み手はほかのキーパーソンを疑うことになる。
ただ、本作に限っていえば、真犯人が明らかになった時点での「してやられた」感は際だって高いとはいえず、また犯人を暴くための刑事コロンボ張りの小芝居も少し無理やりな印象だった。
そういったもやもやの理由を明らかにしてくれるのが真田啓介による「解説」である。
「未読の方はご注意ください」とのお断りはミステリ解説の常道だが、本書で独特なのはそれに「次節では本書の内容について立ち入った吟味を行うので」とあることだ。
そして、次ページ以降にじっくり練られているのが宣言通り「吟味」なのである。さすがに真犯人の名こそ「X」とされているが、解説の著者は
A ストーリー
B プロット
C 謎解きのプロセス
D テクニック
E キャラクター
の各観点に章を分け、本書の展開、作者のテクニックを、弱点、食い足りなさの理由まで含めて細密に解体してみせる。
ミステリ本の解説でここまで徹底した例はあまり記憶になく、ディヴァインの創作手法の樽にスポイトとシャーレと遠心分離機を持ち込んだこの解説を読むためだけでも現代教養文庫版『ロイストン事件』を捜す甲斐あり、とここではお奨めしておきたい。
ちなみに、その解説すら触れていない難点として、
F タイトル
を指摘しておく。
作中の「ロイストン事件」とは弁護士を務めていた主人公が故郷と家庭と婚約者を喪うきっかけとなった事件のことだが、話の中で必ずしもその名称が重要なわけではない(ロイストンはそのスキャンダルの主の名で、一連の事件で彼がそれほど大きな役割をもつわけでもない)。
そもそも『ロイストン事件』では、作品の色合い、重軽、何一つわからないではないか。