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2013年9月の7件の記事

2013/09/30

ミスディレクテッド。 『ロイストン事件』 D.M.ディヴァイン、野中千恵子 訳 / 現代教養文庫

Photoスコットランド出身の本格推理小説作家、D.M.ディヴァイン(1920-1980)。
1990年代半ば、日本でまったく無名だったこのディヴァインを発掘し、紹介した栄誉と功績は社会思想社にある。いかんせん同社廃業にともない現代教養文庫は全巻絶版の憂き目に遭い、ミステリファンとディヴァインとの再会は、のちの創元推理文庫のラインナップ刊行を待たねばならなかった。

そのディヴァイン作品のうち、『こわされた少年』とともにいまだ創元推理文庫から再刊されていない『ロイストン事件』をたまたま古書店の棚で見つけたので、レジまでボルト走りで購入してきた(ちなみに値札は105円。いいのか?)。

……かつて将来を嘱望されながら、ある事件をきっかけに名誉を喪った主人公。決着がついたはずの昔の事件が新たな殺人を招き、主人公をめぐる人々の世界が少しずつ崩れていく。
『ロイストン事件』はディヴァインの作品のいくつかと似た構成にのっとっており、主人公の失望が苦ければ苦いほど作品の滋味は深い。また、随所にミスディレクションのテクニックが駆使され、当て推量では犯人を特定しづらいのがこの作者の特徴で、本作も解決の手前まで読み手はほかのキーパーソンを疑うことになる。

ただ、本作に限っていえば、真犯人が明らかになった時点での「してやられた」感は際だって高いとはいえず、また犯人を暴くための刑事コロンボ張りの小芝居も少し無理やりな印象だった。

そういったもやもやの理由を明らかにしてくれるのが真田啓介による「解説」である。
「未読の方はご注意ください」とのお断りはミステリ解説の常道だが、本書で独特なのはそれに「次節では本書の内容について立ち入った吟味を行うので」とあることだ。
そして、次ページ以降にじっくり練られているのが宣言通り「吟味」なのである。さすがに真犯人の名こそ「X」とされているが、解説の著者は
  A ストーリー
  B プロット
  C 謎解きのプロセス
  D テクニック
  E キャラクター
の各観点に章を分け、本書の展開、作者のテクニックを、弱点、食い足りなさの理由まで含めて細密に解体してみせる。
ミステリ本の解説でここまで徹底した例はあまり記憶になく、ディヴァインの創作手法の樽にスポイトとシャーレと遠心分離機を持ち込んだこの解説を読むためだけでも現代教養文庫版『ロイストン事件』を捜す甲斐あり、とここではお奨めしておきたい。

ちなみに、その解説すら触れていない難点として、
  F タイトル
を指摘しておく。

作中の「ロイストン事件」とは弁護士を務めていた主人公が故郷と家庭と婚約者を喪うきっかけとなった事件のことだが、話の中で必ずしもその名称が重要なわけではない(ロイストンはそのスキャンダルの主の名で、一連の事件で彼がそれほど大きな役割をもつわけでもない)。
そもそも『ロイストン事件』では、作品の色合い、重軽、何一つわからないではないか。

2013/09/24

無垢。 『富士山さんは思春期』(現在2巻まで) オジロマコト / 双葉社 アクション・コミックス

2中学2年生。女子バレー部のエース。身長、181cm。
そんな富士山牧央(ふじやま・まきお)が幼馴染の男子、身長160cmの上場(カンバ)と付き合うことになった。

母性と力をみなぎらせる富士山さんの巨きな身体に、中学生の幼く柔らかな心が収まり、ときに溢れ出る。
作者はサービスのつもりか、着替えだ水着だと、少しエッチなカットを多用するが、本作の魅力はそうしたところにはない。もどかしくも懐かしいラブアフェアが読み手を焦がすが、それでも足りない。
主人公の、思春期以前、むしろ小学生に近い無垢で曖昧な表情、無造作な身体動作がただそれだけで本当に魅力的なのだ。

小さな子供に「大きい」と指差され、背伸びして「うん大きいよ!」と笑ってみせる。
流しで洗い物をするのに自然と背中を丸める。
洗面台で歯を磨き寝癖をチェックするのに体を傾げる(そうしないと鏡に顔が映らないから)。
電車が揺れて咄嗟に天井に手をついて身体を支える。

みずみずしい果実、たとえば今が旬の梨を噛みしめると体中の水気が一気に浄化される、それに近い感覚。
できることならもう一度中学生に戻り、富士山さんのいる学校で学びたい。でもきっとその年の男子にはなかなか富士山さんは正視できなくて、「あのデカヤマ」とか言ってしまうのかもしれないが。

なお、単行本の巻末では、富士山さんの日常を描く掌編を掲載し、そこに奥付(著者や初出、発行日、発行者、印刷所などを記す)を散らしている。これまたすがすがしくて、よい。

(ちなみに表紙の富士山さんは、1、2巻とも、本編よりずっと大人びてありきたり。ちょっと惜しい。)

2013/09/20

濃縮還元 昭和テイストなSF短編集 『高橋聖一の よいこのSF劇場』 小学館 ビッグコミックス

Photo強烈な(1)シコウ性に貫かれたSF短編集。

前回取り上げた『わたしの宇宙』が(2)シコウ実験的メタマンガでろくろをこねたのに比べ、こちらはまっこうくじらに王道SFである。
隕石衝突、タイムマシン、第三次世界大戦、巨大宇宙人襲来、変身ヒロイン。

ここまで王道だといっそ辺境、変格に見えてしまう摩訶不思議。

作者は藤子・F・不二雄のSF短篇が好みとのこと(確かにアレは凄い)。
ただ、藤子不二雄に比べると、高橋聖一の絵柄は一見シンプルに見えつつ実のところ妙に込み入って読みづらい。描き手の(3)シコウか、斜め上、斜め下からのアングルも多すぎる、かもしれない。

そういった難点を差し引いて、なお巻頭の「紙製地球救出装置」はそのアストロ球団的三段ドロップの素晴らしさで地球防衛軍(派出所込み)を3年は養える。
SFの徒、(4)シコウの愉悦である。
 


問1 下線部(1)~(4)のカタカナを漢字に直しなさい。

問2 筆者は「紙製地球救出装置」におけるタイムパラドックスの問題を意図的に避けています。それが表れている段落の最初の5文字を答えなさい。ただし、バナナは兵器に含みません。

2013/09/17

誰がわたし、的な。的な? 『わたしの宇宙』 実力派新人・野田彩子 / 小学館 IKKICOMICS

PhotoSpeculative(思索的な、思わくの、危険な)極まりない。
尖(とん)がっている、と言い換えてもよい。
迷惑、とさえ、言えなくもない。

カバー表4からそのまま引用してみよう。

  中学二年生の
  津乃峰アリスは、

  クラスメイトの
  星野宇宙から……

  自分達がいる
  世界はマンガで、
  ぼくが主人公
  である

  …と告白された。

「自分達が」から「告白された。」までは丸いフキダシに収まって、宇宙の手のひらの上に乗っている。アリスもフキダシを見たり触ったりできるようだ。
よく見ればそのやり取りの周囲には、マンガの版下を作成するために編集部から提供された専用原稿用紙の目盛りやトンボが薄く見える。

さあ、どこまで信用していいのか、覚悟してページをめくろう。

新学期のアリスの自己紹介に始まる物語は、クラスメイトの星野宇宙による「この世界はマンガ」という指摘から変貌していく。
たとえば登場人物たちは常に誰かに見られている。
カリントウを食べる「バリバリ」という文字が大きいと、フキダシは聞こえない。もとい見えない。
しかし、そういった強引な思考実験の一方で、宇宙やその家族、クラスメイト、教師たちは役割に応じた学園ドラマを展開していく。
学校、教室、クラスメイト、授業、プリント、テスト、弁当、部活、放課後。
では、描かれない間、隣のクラスは存在するのか? トイレは? 風呂は?

1巻だけでも、ものすごくいろいろな出来事があったような気がする。
まだ始まりにすぎない、そんな気もする。
作者がペンを走らせれば登場人物は動き、語り、ペンを置けばそこで終わってしまう。
そんな当たり前のことが宇宙やアリスの存在を決定する。

面白い、面白くない、というレイアにはもはやない。
驚きつつ、呆れつつ、この作者がどこまで押していけるのか、次巻を待ちたい。

2013/09/09

深海のアイドル写真集 『深海世界』 パイ インターナショナル、『深海生物 ~奇妙で楽しいいきもの~』 石垣幸二 / 笠倉出版社

Photoあなた、今、どこに行っていたの?
女の声にふと我に返る。
いや、ずっとここにいたよ。
うそ。だって…。

前の月のいさかいの癒されない日曜日の午後、男の心はややもするとこのときを遠く離れて静かな水の底に沈む。

『深海世界』は、現実世界では見つめ合うことも手を握ることもできない、彼の片思いの恋人たちのアルバムである。
ふよふよと漂い、あるいは冷たい水底でじっと、朽ちた男を待ち受ける(実は獰猛で貪欲な)恋人たち。
どんな映画スターより優美で(なぜあの長い触手はもつれてしまわないのだろう)、どんなヘアヌードよりあからさま(内臓まで透けて見せる)。
古代種に近いタコには耳のようなヒレがあり、爪のある足の間が膜でつながっている。
そして闇から現れるのは大きな青い目を反射させる深海ザメたち。

ダイオウイカの撮影の成功(2013年1月13日、NHK放送)もあって、ここしばらく深海生物がブームのようだが、数ある写真集、図鑑の中で『深海世界』はその写真選択の尖り具合において図抜けている。希少さや生態の特異さより、その姿の優美さ、奇妙さをとことん優先しているのだ。
そして、黒を背景に微細なところまで焦点の合った美しい写真の数々。
ページをめくるだけで信じがたい彼岸の美しさへの恋慕に一日が暮れる。

Photo_2沼津港深海水族館 シーラカンスミュージアム館長、石垣幸二氏の執筆・監修による『深海生物 ~奇妙で楽しいいきもの~』は、写真の品質、ラインナップの一貫性において『深海世界』に数歩譲る。
沼津港深海水族館で撮影された、つまり実際に手元にいる深海生物のオリジナル写真を優先したためかもしれない。

ただ、こちらにはDVDの付録があって、35種類の深海生物たちの動くさまを直接見ることができるのが嬉しい。
それぞれの生物の映像は残念ながらそう長くはなく、DVDといってもあくまで付録レベルではあるが(レーベルに「非売品」の記載あり)、アンコウの仲間のアカグツが四肢(実はヒレ)で歩く姿やメンダコの優雅な浮遊など、得難い映像も少なくない。

2013/09/03

向き合う 『さよならタマちゃん』 武田一義 / 講談社イブニングKC

Photo癌に罹った35歳のベテラン漫画家アシスタントによる、思いの丈のこもった闘病記。

本作はおそらく今年後半にかけて大きな話題となるに違いなく(それだけの力のある作品である)、癌と闘病に関してはあちらこちらで紹介されるに違いないから、ここでは本作のもう1つの柱である「表現者としての闘い」について書いておきたい。

なお、以下では本作の詳細な展開にふれるため、未読の方はご注意ください。

精巣腫瘍(睾丸の癌)の発症、肺への転移のため、作者はそれまで勤めていた漫画家の先生(『GANTZ』の奥浩哉)のもとでのアシスタント生活の中断を余儀なくされる。
作者は入院先のベッドで漫画家として独立すべく(何度目かの)決心をかため、新しい作品の下描きを始めるが、抗癌剤による治療は彼の肉体、精神を蝕み、絶え間ない吐き気と痛みが彼を追い詰める。
妻と漫画家仲間たちのいたわりに支えられ、1年にわたる入院治療ののちようやく癌細胞は消えるが、退院を間近にした作者をさらなる苦難が襲う。ペンを持つことができなくなってしまうのだ。
抗癌剤による後遺症である。

そこに記された
  今まで覚えた
  絵の描き方は
  一度
  すべて忘れよう
という、さりげないコマが重い。

つまり──、『さよならタマちゃん』の連載、単行本化は、穏やかで健全な生活と(連載の最後まで作者は病気の再発にうなされる)、アシスタントとして長年重用された技量を喪った代わりに得られたものなのである。

そう知って最初のページから読み返すとき、朴訥とした、どちらかといえばギャグタッチで描かれたこの作品が、実は個人の闘病記、素描などではなく、極めて高度な再構成力をもって組み上げられた作品であることに驚く。
病気を知ってからの当人の戸惑い、強がり、弱気、苦悩、そして回復と帰還。妻とのいたわり合い。個性豊かな入院患者たち、その闘病。頼もしい医者、活気あふれる看護師たち。

丁寧に読み返せばわかることだが、どれ一つとして無駄なコマはない。無駄なコマなど入り込む余地はない。
これは、そうした精神と指の運びによって岩を刻むようにして描かれた作品なのだ。

2013/09/01

福ちゃん 私 ふられるの? 『パラダイス アベニュー』 清原なつの / 小学館文庫

Photo清原なつのの文庫新刊『パラダイス アベニュー』、収録作品は以下のとおり。

 「パラダイス アベニュー」全6話
      うち2話は描き下ろし
 「7日の休暇をとって」
 「勅使河原松生の半生」
 「良く晴れた微風の日」1、2
      うち2は描き下ろし

3作、84ページが新作。それがどれほど得難いことか、わかる方だけご起立ください。

不動産屋に勤める青年の惑いを起点に、ジャングルの恐竜が出てきたり姫とドラゴンと王子が出てきたり宇宙人の妻と地球防衛軍勤務の夫が出てきたり……くるくる主人公が変わっていく「パラダイス アベニュー」はまったくこの作家にしか描けない佳作で、SFともファンタジーともつかない連作の中に「アレックス・タイムトラベル」以来の透明な水の哀しさがあふれくる。
そして読み手はいてもたってもいられなくなる。

しいて選べば9.11を背景に幼馴染との恋が別のものに変容していく「僕の美しい人」がいい。主人公の太った気のいいゲーム作家君の笑顔と困惑顔がたまらない。人形との結婚を描いたこの世でもっとも美しい物語の1つか、とも思う。
「良く晴れた微風の日」もいい。この作者においては壮絶なすれ違いと性愛の成就が紙の裏表のようにぴったり張りついているようなのだ。

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