フォト
無料ブログはココログ

« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

2013年8月の3件の記事

2013/08/21

果報は寝て待て 『骨董屋探偵の事件簿』 サックス・ローマー、近藤麻里子 訳 / 創元推理文庫

Photo「怪人フー・マンチュー」という、日本では名のみ有名でほとんど翻訳のないシリーズがある。その同じ作者による探偵モリス・クロウのかかわる事件を描いた短編集。
少し前に取り上げた『探偵ダゴベルトの功績と冒険』とともに「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」という傍題を付ければよかったのに、そうできない理由でもあったのだろうか。

ミステリファンには説明するもおこがましいが、19世紀末から20世紀初頭にかけ、イギリスの月刊誌「ストランド・マガジン」がシャーロック・ホームズの大ヒットで売り上げを伸ばし、その結果他誌も名探偵の登場する作品を競って掲載するようになった。
当時の作品を翻訳してシリーズ化したのが、1977年から1981年、そして1998年にかけて創元推理文庫から発行された「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」である。
※ハヤカワ・ミステリ文庫にも全く同じタイトルの「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」というアンソロジー(全3巻)があるが、こちらも趣旨はほぼ同様。ただし、ハヤカワのほうが無名な作家、埋もれた作品の発掘という意図がより強い。

さて、この「ライヴァル」の定義には、
・ドイルとほぼ同時代の作家の手によること
・ホームズものにならって短編が主であること
そして、もう1つ重要な点として、実のところ
・名声においてついにホームズのライヴァルたり得なかったこと
があるかと思われる。
つまり、とくに3つめの定義において、ルパンやポアロやブラウン神父は、実はここでいう「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」なるカテゴリーには含まれないのだ。

では、「ホームズのライヴァルたち」とはいったいどのような顔ぶれだったか。
それは、たとえば指紋を活用するなど科学捜査の祖であり、かつまた倒叙物の創始であるソーンダイク博士、あるいはニヒルな「思考機械」(これが探偵の呼び名)、はてまたパスティーシュというかそのまんまのソーラー・ポンズ、ホームズ掲載誌上の後釜だったマーチン・ヒューイット、盲目探偵マックス・カラドス、開拓時代のアメリカを舞台とした篤信家アブナー伯父、当時の探偵には珍しい丸顔の好人物フォーチュン氏、安楽椅子探偵の嚆矢プリンス・ザレスキー、その安楽椅子探偵を世に知らしめた「隅の老人」(これも探偵の呼び名)、文学作品からの引用大好きアプルビイ、などなどなど。

これらいずれも一癖も二癖もある探偵の中で、今回訳出された骨董屋探偵モリス・クロウも怪しさにおいては一歩も引けを取らない。

古めかしい茶色の山高帽に黒い外套、金縁の鼻眼鏡、黒い絹のスカーフに爪先の細長いブーツという奇妙な出で立ちをしたモリス・クロウは、パリのモードと宝石に身をつつんだ黒髪美人を連れて現れる。彼は人の思念は実態である(?)との理念から、殺人事件の現場に匂いを消したクッションを持ち込み、そこで眠ることで心霊的刻印、すなわち事件の真相を得るのだ。
ちょっと冷静になってみれば「なんじゃそりゃ」だが、これがゴミゴミした貧しい街にあって鸚鵡の鳴き叫ぶ怪しい骨董店、山高帽から小さな香水の瓶を取り出し額に吹きつけ怪しげな科学を語る猫背の探偵、博物館などオカルティックな場所で発生し、幽霊やミイラのからむ不思議な不可能事件、といった「これでもかこれでどうだ」のにぎにぎしさに埋もれてしまい、読み手を眩ませる。

解けてしまえば事件の謎そのものは案外オーソドックスで、「何もクッション持ってこなくとも」、いやむしろ「眠ってる間に残留思念が」では公判を維持できないのでは、などとあれこれ心配になってしまうが、それらも含めてこの作品の風味、味わいということだろう。

さて、本短編集をどう評価するか、それは当たり前ながら読み手が何を求めるかによる。
先に列挙した「ホームズのライヴァルたち」の文庫の多くが品切れになっていることに眉間にしわを寄せ、再販を待ったり古本屋を漁ったりする向きには十分お奨めしたい。だが、そうでない方には、何もわざわざ、こんな……(笑)。

2013/08/11

宇宙は広い、宇宙は狭い 『ASTEROID Miners 2(アステロイド・マイナーズ 2)』 あさりよしとお / 徳間書店 RYU COMICS

Am2011年にいったん刊行告知されながら、説明なく延期されてきた第2巻がようやく発刊された。
延期の理由はよくわからない。結局収録されなかった未完作がかかわっているとの説も目にするが、実作を見ていないので論評は控えたい(←できない、が正しい)。

タイトルは直訳すれば「小惑星の鉱夫たち」といったところか。これはかなり実態を表している。
人類が宇宙に進出し始めた時期に宇宙で働くとはどういうことか、この作品はそれを甘々した想像力でなく、科学的な推論を重ねて推察し、描いているのである。

フレイバーは多少ブラックなギャグではあるものの、結果として全体にプロレタリア文学のパロディのようになってしまい、マンガ作品として爽快とは言いかねる。
主人公が地べたならぬ狭い居住空間を這いずって苛立ちの声を上げてばかりいる作品が多い中、「Mission 05 独裁者の幻想」は宇宙戦闘機を開発することで国威高揚を企てる独裁者をおちょくった比較的明るい(?)作品だが、それでも結果は「宇宙戦艦なんたら」やら「銀河かんたら伝説」やらの夢を打ち砕いて終わる。

だが、シニカルだから否定的、というわけでもない。
作者は宇宙戦闘機が弧を描いて撃ち合い、おしゃれな宇宙服の恋人が待ち構えるようなウェスタンSFに対し、足を地につけた、もとい天井の低い居住空間にしゃがみ込むような登場人物を描くことで、宇宙工学の基礎を語り、厳しくもリアルな宇宙開発への夢を共有しようとしているのである。

宇宙開発への作者の本気度は、過去のいくつかの作品からもうかがい知れる。
推奨は(何度でも推したい)『まんがサイエンスII ロケットの作り方おしえます』、そして『なつのロケット』の2作。

2013/08/04

『FKB ふたり怪談 弐』 黒木あるじ、我妻俊樹 / 竹書房文庫

Photoもう1冊。
先の『黒異本』に比べれば地味、さほど怖くない、短い話が多い。

ただ、文字で書かれた怪談には、水をかき混ぜ、濁らせるものと、水の澄むのを待つものがある。本書の書き手二人がどこまで自覚的かは知らないが、いくつか後者を意図したと思われる作品があって、そこはよかった。

実話怪談と称する怪談群が、実際に著者以外の誰かが語った体験談をまとめたものなのか、著者が一人でこしらえたものなのかは知らない。どちらであるかにも興味はない。読み手にとっては、怖いか怖くないか、面白いか面白くないか、それだけの話である。
ただ、私見ながら、誰も体験などしていない怪談、ただ想像の力のみでそっと掬い取られた怪談が身震いするほど恐ろしい──そういった怪談のありようこそがなにより好もしい。それこそが創造力、あるいは言葉による表現者のみがなしとげられる技だからだ。

本当の重い石を手渡してその重さを共有するなら、言葉でなくともできる。
存在しない石をそっと掌に置いて、受け取った者が「あ重い」「少し冷たい」と言ってくれたなら。……その青い重さ、赤い冷たさにまさる書き手読み手の愉しみはない。

« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »