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2013年5月の5件の記事

2013/05/31

監禁は計画的に 『監禁探偵 (1)(2)』 原作 我孫子武丸、作画 西崎泰正 / 実業之日本社 マンサンコミックス

  山根亮太は下着を盗もうと
   女性の部屋に忍び込んだが、
  そこで偶然、死体を発見してしまう。
   しかし、彼には警察に行く
    ことのできない理由が!
  自室に少女を監禁していたのだ。

すべり出しから、いじりは悪くない。
ほどよいボリュームの容疑者、時間制限も加わって、徐々に盤面は詰んでいく。

我孫子武丸は80年代後半、綾辻行人らとともに講談社から出てきた新本格派の一人だが、同時期の有栖川有栖や歌野晶午、法月綸太郎らに比べるとやや地味な印象だ。
しかし、『殺戮にいたる病』や人形シリーズなど、謎と推理に徹した作品にはときにクールな冴えがあり、印象は悪くない。
この『監禁探偵』も、絵柄の好みはさておき、少女監禁と近所の殺人を狭い箱の中でもつれさせ、無茶を無理やりほどいて(舞台を病院に移した続巻ともども)それなりの出来だ。

1ところで、本作を映画化するにあたり、監禁少女アカネを夏菜に演じさせるというのはどうなのか。アカネはコミック中では白ロリのツインテール、それが手錠で拘束されながら事件を推理するというギャップが原作者の描いた「絵」である。そこに骨太な裸族をもってくる──。よくわからない。
ビブリア古書堂の事件手帖』の栞子を(やはりショートカットの)バッタ娘に演じさせるのと同じくらい違和感があるのだが、背景にタレント事務所のネジ込みがあるにしても、映像を作る側のマインドはいったいどうなっているのか。

も1つおまけ。
少女監禁という設定を選んでよどみない我孫子武丸、やはり若い頃に蘭光生を読んで大きくなったクチだろうか? ただし本作にはエロい場面はほとんどない。そこはほら京大ミステリ研だから。

2013/05/27

『仮面の忍者 赤影 Remains (1)』 原作 横山光輝、漫画 神崎将臣 / 秋田書店 プレイコミックシリーズ

1『バビル2世 ザ・リターナー』、『ジャイアントロボ バベルの籠城』に続く横山光輝作品リメイクである。

「出てくるのは忍術とかけはなれた妖術ばかり」「正統な忍者マンガを期待したらがっかりすることでしょう」といった書評も見かけなくはないが、そもそもテレビドラマ化が前提だった『仮面の忍者 赤影』は同じ作者の『伊賀の影丸』などに比べれば妖術プロレス(巨大蝦蟇も出てくる)、こんなものだ。バトルマンガとして楽しめばよい。その意味で神崎リメイクは迫力もあり、テンポも悪くない。何より赤影に目力がある。

マンガのリメイクや映像化というのは、原作からの逸脱が甚だしいとがっかりしてしまうものだが、横山作品はこの程度ではびくともしない、そんな気がする。
横山本人についても、忍者マンガ、SFまんが、歴史マンガとも、時代を創ったのでなく並走しただけ、との辛口評価もある。それでもどの作品も作品として太い、強い。
日本の宝である。

2013/05/26

『グラゼニ(10)』 原作 森高夕次、漫画 アダチケイジ / 講談社モーニングKC

10神宮スパイダースvs.幕張サベージの日本シリーズ、決着。──というより、これまで主人公凡田夏之介の高校時代を描いたサブストーリー“ナッツ編”で夏之介に追い抜かれるだけの役割と思われていた先輩投手“ニッシー”が俄然輝き出す1冊である。

プロのスカウトからも注目される3年生剛腕エース西浦が、自らエース番号1番を後輩の夏之介に譲り、後年、日本シリーズでの夏之介の活躍に涙する。
心理の推移は少しわかりにくいが、ベンチの上から高校時代の老監督を抱えてエールを送り、

  誰がなんと
  言おうと今日は
  人生最高の日だッ
  嬉しい!

と凱歌を揚げ、涙する西浦。なんて「男の子」なんだ。
それに対し夏之介がイージーに感動物語にせず

  恥ずかしいから
  イナカの人には
  帰ってもらえ
  ~~~~

と逃げるのもよい。こちらもまた「男の子」。

2013/05/23

『愛されたもの』 イーヴリン・ウォー 作、中村健二・出渕 博 訳 / 岩波文庫

Ai岩波文庫『愛されたもの』は今年2013年の3月15日発行。同じウォーの『ご遺体』(光文社古典新訳文庫)はその3日前の3月12日。
実はこの2作、邦題は異なれど同じ作品(原題は The Loved One: An Anglo-American Tragedy)。それぞれの編集担当や訳者は相手方から別タイトルで発行されることを知っていたのだろうか?
何もこんな小さくて甘くないパイを奪い合うこともないだろうに。

ストーリーは、ビジネスライクなハリウッドの葬儀会社を背景に、イギリス人とアメリカ人の相克をブラックに描き──ということらしい。手練れのイギリス作家による「お葬式」、そう読めばよいのか。

最初の30数ページで映画界の栄光から見放され、人生をはかなんで死んでしまう老詩人だけが妙に人間くさく、あとは主人公とおぼしき野放図な若い詩人にせよ、一流の遺体修復師にあこがれる人形のようなアメリカ女にせよ、何かのコメディを真似たどこかのコメディをさらに真似た舞台慣れしていない学生のようで、背ばかり高い印象。少なくとも笑いのツボを押されることはないまま終わってしまった。
せめてもう少し、嫌なものがあるとよかったのだが。

2013/05/06

『探偵ダゴベルトの功績と冒険』 バルドゥイン・グロラー、垂野創一郎 訳 / 創元推理文庫

Photo女が美しく見えるのは夜目遠目笠の内。
書物についても同じこと、手に入れ損なった一冊は血沸き肉躍る名作に違いないし、読了後記憶が薄れれば薄れるほどよいものに思えてやまない本もある。
イチジクを喰った女』はそのような本の一冊で、読み返すこともあるまいと手放したが最近になってあのねっとりした文体と展開が得難いものに思いおこされてしかたがない(実際に読み返したら……さあどうだろう?)。

創元推理文庫の新刊『探偵ダゴベルトの功績と冒険』は、その『イチジクを喰った女』と同じ二十世紀初頭のウィーン、退廃と美の都を舞台とした探偵小説集。ホーフマンスタールかクリムトか、いやがおうにも耽美とデカダンスへの期待は高まるが、残念、登場するのは昼目近目帽子を取ったら使途ペテロ風コッパゲなお喋り親爺であった。

収録の各篇は、音楽と犯罪学をこよなく愛するディレッタント探偵ダゴベルトが貴族社会のさまざまなトラブルを超人的な慧眼と手腕で解決し、それを友人グルムバッハ夫妻の晩餐会で珈琲と葉巻を愉しみつつ優雅に語ってのける、というもの。
しかし、なにしろ背景となるお国柄がお国柄で、犯人逮捕よりやんごとなきお歴々のスキャンダルを防ぐことが何より優先、殺人事件が起こっても起こしたほうが大物ならもみ消してみせるのがお手柄だし、警察官僚が無能でも規則のまま放任するのが適正。脅迫犯や窃盗犯がわかっていてもその館の主人やパーティ客にショックを与えないよう静かに放逐するのが役目。
問題はこれらの功績を「ダゴベルトはなんでも優雅にやるのね」と褒めちぎるグルムバッハ夫人ヴィオレットはもちろん、作者本人までそのような状況にカケラも疑問をもっていないふうであること。大丈夫かオーストリア。いや、大丈夫ではなかった。
「二年後にサラエボで一発の銃声が響くまでのあいだは」とは、訳者による巻末の解説の一節。作品の背景を歴史やエピソードをからめて綿密に語るこの解説が、実は作品そのものよりよほど読み応えがある。

つまるところ本書は、シャーロック・ホームズのライヴァル本についつい手を伸ばしてしまうミステリファンのコレクターズアイテムたる以上に、ホームズという刺激ないし現象が異なる環境のもとにエピゴーネンを生み出すとき、その環境がどのようなブレを誘発するかの一つの典雅な例証と言えよう。
その限りにおいて本書は、ミステリとしては二流、しかし書物としては一流である。

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