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2013/03/12

汚濁を孕み、悪趣味をひり出す 『夜のみだらな鳥』 ドノソ、鼓 直 訳 / 集英社

Photo植民地時代からの名門アスコイティア家の末裔ドン・ヘロニモに、ふた目と見られぬ畸形の嗣子《ボーイ》が誕生する。ドン・ヘロニモは《ボーイ》のためにあらゆる種類の不具者を国中から集め、奇妙な彫像や歪んだ樹木であふれる醜美の逆転した広大な屋敷を用意する……。
『夜のみだらな鳥』は、カバーにも書かれたこの畸形の嗣子をめぐる設定で知られるが、実はこれは物語のごく一部にすぎない。そもそもそのような単性のグロテスクで語り尽くせるような作品ではないのだ。

本書の語り手は、高校教師の息子で作家を志すウンベルト・ペニャローサである。ウンベルトはドン・ヘロニモに秘書として雇われ、不具者たちを管理するうちに《ボーイ》かかりつけの侏儒の医師アスーラ博士によって正常な臓器の80%を削ぎとられ、修道院の老人《ムディート》となって世の中から見捨てられた老婆たちと暮らすことになる。しかも気がつけば《ムディート》は乞食の老婆に拾われ、老婆の死後修道院で育てられたことになっている。

このように、この作品では登場人物や時間、空間が章ごとに容易に入れ替わってしまう。唖でつんぼの《ムディート》が会話するくらいの矛盾は平気の平左衛門(古風)、誰それと誰それがまぐわったという話もめまぐるしく入れ替わり、裏返り、孤児イリスの孕んだ赤ん坊の父親はウンベルト、と思いきや生まれてきた赤ん坊は20%まで小さくなった《ムディート》である。その性器を老婆たちがいじくりまわす、グロ。

キャロルの『不思議の国のアリス』に滅多矢鱈と代名詞が現れる難解な(というより意味をなさぬ)詩が出てくるが、その詩を長編小説に仕立て上げたかのごときありさまだ。

しかし、かといって決して「わかりにくい」わけではないのが摩訶不思議。

物語は段落分けも少なく延々と綴られるが、数十ページからなる1つの章だけ読むと、意味や目的は不明ながら、それぞれむしろわかりやすい、モノや行為が明確に描かれた文章なのだ。しかし、それを続けて読むうちに、読み手はどんどん多重のメビウスの輪に惑わされ、はてなく広がる不要なモノだらけの迷宮に追いやられる。
畸形どうしのジャジーな色恋。淫乱な少女の妊娠を奇跡とあがめ、一方で生きるために夜の市街で集団強盗団と化す老婆たち。《ボーイ》のために自分で用意した屋敷で畸形に取り囲まれ、石撃たれ、やがて自身が正常であるということを信じられなくなって死んでいくドン・ヘロニモ。体中の孔という孔をすべて縫いふさがれた妖怪インブンチェのような存在となって語りを終える《ムディート》……。

とはいえ、本書の描く黒い世界をただ安易に「悪夢のよう」と言ってしまいたくはない。
ここに描かれた猥雑、貧困、老醜、その他あらゆる雑多で醜悪なものは、プラスチックでコーティングされた現代が見てみぬふりをしてきた原初の生と性の力であり、それはむしろ懐かしく暖かく私たちを迎えてくれるはずのものだ。だからこそ、輸出用の大きなカボチャ五百個がごろごろと転がったあとに訪れる最後のページの静けさは、これほどにも寂しい。

それにしても、二段組み430ページにわたる長編を、揺るがずぶれず悠々と書き上げたドノソの腕力はあきれんばかり。一方、ウンベルトのとめどない語りかけの対象は修道院のシスター・ベニータだったりヘロニモの妻イネスだったり彼を追う魔女ペータ・ポンセだったり孤児のイリス・マテルーナだったりと数センテンスごとに入れ替わり、そもそも地の文は間接話法であふれているわけだが、そのようなテキストを迷わず翻訳してのけた鼓直氏の仕事もまた驚嘆に値する(鼓氏の訳業には誤訳が多いとの指摘も聞くが、おそらく頓着する視点が違うのだろう。小林秀雄のランボーのようなもの、と言っては強引か)。

以下はそのほんの一例。

もっともシスター、ごく最近まで、あなたはよく言っていた……ねえ、ムディート。ほうきやはたき、雑巾やバケツ、それからシャボンを掻き集めて二、三日のうちに、そうね、手があきしだい大掃除をしましょう。このまま放っておいたら大へんなことになるわ……気をつけて、シスター。手を貸しましょう。このがらくたはこうよけてと。こっちの廊下を行ったほうがよくないかな。廊下は、すでにその目的は忘れられているが、(以下略)

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