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2013年2月の5件の記事

2013/02/24

四肢は語る 『就職難!! ゾンビ取りガール(1)』 福満しげゆき / 講談社モーニングKC

Photoゾンビがポツリポツリと出るようになったころの日本、零細ゾンビ回収会社「ゾンビバスターズ」で働く正社員の青年とアルバイトの女の子のゾンビ回収ライフを描いた(作者いわく)「恋愛マンガ」。

従来のぐだぐだしたエッセイマンガこそ福満らしい、という声も聞こえそうだし、女の子の尻や胸を強調した絵柄には好き嫌いが分かれそうだが、単行本1冊にまとまると読後感は悪くない。読み切り掲載時(『僕の小規模な生活』第6巻に収録)の中途半端なイメージより格段に読みでのある作品に仕上がっている印象。

福満しげゆきといえばモノローグ、つまり吹き出しの多い自虐的、内向的な作風で、前回はそれを「実は論理的」と押してみたわけだが、今回の『ゾンビ取りガール』で気がついたのは、意外やボディーランゲージの作家だということだ。とくに長い手が要所要所でよく語る。
また、複数キャラで構成されるアクションシーンが巧みで、本作でも、中盤、主人公が5体のゾンビ(格闘技をやっていた若者がゾンビ化したため、腕力があり、動きも素早い)に追われつつそれを捕獲する一連のシーン数十ページがかなり凄い。これが描ける力量があったからこそ、エッセイコミックで「妻」があれほど生き生きと描けたのか、などとも思われた次第。

2013/02/21

早すぎ?サイコさん 『悪魔に食われろ青尾蠅』 ジョン・フランクリン・バーディン、浅羽莢子 訳 / 創元推理文庫

Photo_3ことほどさよう、アクションやサスペンスの苦手な老体には創元推理文庫の「復刊」や「幻の逸品」がありがたい。胸が躍ってキャット空中三回転も辞せず。……若い方にはわかりませんよね、すみません。

ニャンコ先生はさておき、続いて手に取ったのは「熱狂的な支持を得て甦った傑作」の惹句もにぎにぎしい『悪魔に食われろ青尾蠅』、1948年の作品。
ようやく精神病院から退院を許されたハープシコード奏者エレン。しかし、指揮者である夫バジルに迎えられ、2年ぶりに帰ったわが家のようすがどこかおかしい。やがて不安はつのり、というお話。
しかし、翻訳はとてもこなれているのに、──読みづらい。

思うに、理屈がものをいう本格推理はもちろん、サスペンス、あるいは一見不合理な怪奇、魔法に満ちたホラーやファンタジーでさえ、その世界ならではのルール(地面)があって、その上で事件やお化けが描かれる。人が転がる。

ところがこの『青尾蠅』、どこまでが確かな地面なのか、まるではっきりしない。
語り手が、夢と現実はおろか、時系列や場所についてさえ混乱、より正しくは「混濁」しているため、推理の対象としての限界を超えているのだ。「あ、また段落の途中でいきなり時間をさかのぼった。え? 夢? どこから?」が何度も繰り返される。

もちろん「混濁」するだけの理由はある。ミステリとしての「伏線」⇒「解決」という筋道もきちんと貫かれてはいる。それでも、エンタメとして、この読みづらさは問題だろう(本作がアメリカで出版されずイギリスで本になったのは、早過ぎたせいではなく、単に不評だったからに違いない)。

この作品はむしろ「シュルレアリスムの影響下に書かれた幻想小説」「ハープシコード奏者が嵌り込んだ迷宮」等々と紹介されたほうがよほどすんなり読めたかもしれない(ドノソのアレなんかはもっと入り組んでいるし長ったらしいのに評価は高い)。また、幻想文学と割り切ってしまえば、前半から中盤にかけての心理の揺らぎはむごいばかりに巧いし、シャイニングばりのいつも笑顔で背中を見せない二人の看護婦や藤田和日郎の作品に出てきそうな黒い親父などもその不気味さを素直に味わえたに違いない。

もちろん、そのような扱いではさらに一部の読み手にしか受け入れられなかったかもしれないし、逆にその手の読み方には最後数ページのミステリ然とした決着はいかにも唐突、たこにも無粋。

2013/02/17

怒涛の!ハッピーエンド! 『俳優パズル』 パトリック・クェンティン、白須清美 訳 / 創元推理文庫

Photo「パトリック・クェンティン」というのは、リチャード・ウィルスン・ウェッブ(1901-66)とヒュー・キャリンガム・ウィーラー(1912-87)の合作ペンネームなんですね。……といってもどちらも存じ上げませんが。
代表作「パズルシリーズ」は、「アメリカ本格の黄金時代と第二次世界大戦後のサスペンス全盛期をつなぐ重要なシリーズと目されていた」にもかかわらず、「ごく最近まで放置されていた」──とのこと(法月綸太郎の解説より)。
当方、ミステリの歴史には疎いのでこれまた知りませんでしたが、なるほど復刊が待たれただけのことはあります。いや、美味しかった。満腹満腹。

本『俳優パズル』は、前作『迷走パズル』で(妻を劇場の火事で亡くして以来の)アルコール依存症から復帰を果たしたブロードウェイの演劇プロデューサーが、復帰第一作の舞台『洪水』初演前にさまざまなトラブルに巻き込まれ、悪戦苦闘するというお話です。
かつて忌まわしい事件の起こった古い劇場で、ホラーめいた騒ぎがいくつか続いたあげく、とうとう殺人事件が起こってしまいます。疑えば誰も皆犯人に見える怪しい俳優たち。なんとか事故ですませたい主人公……。

診療所内の謎と患者たちの回復を描いた前作『迷走パズル』も面白いことは面白かったのですが、主人公が事件を自力で解決しようと焦るあまり、情報を抱え込んでしまい、かえって状況が複雑になってしまうというもどかしさがありました。本作では同じ隠しごとでも、トラブルを公にして警察やマスコミに介入されるとせっかくの復帰第一作が上演できなくなってしまうというストーリー上の必然性があり、さらに開演までの日付の制限が主人公を追い詰めます。
また、作中作の舞台『洪水』(テネシー・ウィリアムズふう?)にはなんともいえない根を張った迫力があり、名舞台の初演に立ち会えたような手応えも得られます。

そして、最後に明らかになる犯人の正体と動機の意外さ! これにはちょっとびっくりで、前作からの主人公とヒロインの恋の結末(これがまた楽しい)とあいまって怒涛のハッピーエンドがたまりません。
英米の本格ミステリ黄金期の作品を好まれる方には心からお奨め。

ただ……この、犯人以外全員ハッピーエンド!の楽しさをもっと、と続編に期待しても、実はこの「パズルシリーズ」、のちにウィーラーが一人で書くようになるとどんどんサスペンス色が強まり、同時に主人公とヒロインの仲もこじれてしまうそうです。ウィーラーはのちに演劇の世界で名プロデューサーとして名をはせたというのですから、つまりは「パズル」でなく「ドラマ」の人だったのでしょう。

2013/02/12

イミフ 『艶やかな女』『玲瓏館健在なりや』 冨明 仁 / エンターブレイン BEAM COMIX

Tuyayaka『艶やかな女』、ジャケ買い。
……で、いささか途方に暮れた。

表紙カバーだけリキ入って本ページはさっぱり、ならまだわかる。
描画は各ページ、それなりに細密かつ美麗なのだ。
ところが何が描きたかったのか、わからない。そもそも、そんなものないのか。

たとえば巻頭の「ワンツーマンゴー」。(あらすじを紹介するのも馬鹿馬鹿しいが)ヒロインはお付きの女の子たち「MCR13」(ムッチリーニサーティーン)の面々とキスをするたび強くなる仮面の少女ユキノ。ユキノとキスを交して立っていられた者はいない。そこに現れた最強、最狂の男、門間国臣。国臣がユキノを倒してキスを交すと、今度は世界中が(トラや幼女、老人まで!)彼とのキスを求めて迫ってくる。キス、キス、キス、キス。あげくユキノのもとに急ごうと、宙を走り、怪鳥と闘う国臣。

これは、ファンタジーなのかギャグなのかエロなのか。
ジャンルを特定することに大した意味はない? そのとおり。問題は、ファンタジーのように夢見ることも、ギャグに笑うことも、エロにおっ勃つこともできない、そのことだ。これは丁寧だがデッサン、訓練なのである。
訓練でもかわいい、訓練でもエロい、訓練でも爽快、そう評価する読み手もいるだろう。だが作者から読み手に渡されるものはない。

他の収録作も概ね同様。しょせんデッサンなのに、作品(タブロー)ばりにとことん描き込まれ、塗りたくられ、額縁に入れられた、そんな違和感。

Reirou冨明仁には『玲瓏館健在なりや』(全2巻)という作品もあるが、そちらも似た手応え。
むしろ、一見連載作品として成立しているだけに、いっそう空疎な印象が強い。

古い西洋館に集う奇妙な下宿人たちと美貌の管理人──どこかで見た設定だが、『玲瓏館』はギャグにもロマンスにもエロにも集約せず、ただ無闇に大仰なエピソード群のはてに突如感動的なフィナーレにいたる。最終回だけみるとどれほど素晴らしい作品だったかと思われるのだが、そこにいたるエピソードがまるで下準備になっていない。描き手にモラルとでもいうか、「筋」が抜けているため、一途な思いも下着姿に眩む目も出合い頭のキスも区別がつかない。
そもそも、美麗な管理人がトラック事故にグリングリンと宙を舞うとか、下宿人の料理があまりに美味で全員が宙を跳んで記憶をなくす、など、テンションばかり高くてテンデバラバラなエピソードにいったい何の意味があるのか。

掲載先である雑誌「Fellows!」は、新人作家に時間の猶予を与えてじっくり描き込ませる編集方針から、一部では「真のマンガ好きに捧げる本格コミック誌!」との評価を得ているらしい。
しかし、冨明や『乱と灰色の世界』の入江亜季らの掲載作に共通する徒労感ははかりしれない。
何が足りないのだろう。
芯のないロウソク。エンジンのないフェラーリ。

2013/02/05

世界は美しい。しかし… 『退出ゲーム』『初恋ソムリエ』『空想オルガン』 初野 晴 / 角川文庫

Photo眉目秀麗、憂い顔の高校生が鋭利なメスをふるうがごとく事件の謎を解き放つ。
……同世代ならさぞかし痛快だろうが、さすがに3倍も豆を食らうと少年の視野と世界観のズレが目について面映い。
本シリーズも、当初はそういったこっぱずかしい高校生名探偵モノの1つかと思った。しかし。

──1コや2コで判断しちゃ、いけないんだからねっ。

本作のキュートなワトスン役、チカに大声で叱られそうだ。

表題作「退出ゲーム」は、講談社文庫のミステリー傑作選『Play 推理遊戯』で以前読んでいる。正直、あざとさのほうが鼻について「このシリーズをもっと読みたい」と思った記憶はない。

最近ネット上の好評価に文庫本を購入してきたものの、第1巻『退出ゲーム』の1作め「結晶泥棒」は登場人物の紹介に汲々としたことをしょっ引いてもよい出来とは言いがたい。推理の素材があまりにも専門的、ある知識がなければ絶対に解けない。
続く「クロスキューブ」も「六面すべてが真っ白なルービックキューブ」という設定は素晴らしいが、その解法がやはり特殊にすぎる。
3作め「退出ゲーム」、これは一転、素晴らしく巧妙に組み立てられた心理劇パズルだが、それだけに「無理だろ」感も強い。人はこんなふうにはコンタクトが取れない。だから誰もが苦労するのだ。

ところが1巻巻末の4作め、「エレファンツ・ブレス」(色の名前だそうだ)、このあたりから少し様子が変わってくる。
少なくとも作者が取り組もうとしているのは、八面六臂に薀蓄振りかざしてしたり顔する高校生名探偵などではないことが明らかになる。彼らがいかに推理したところで、動かしがたいリアルで重い世界があるのだ。

22巻めの『初恋ソムリエ』ではその傾向がどんどん強まり、7作め「アスモデウスの視線」で1つの頂点に達する。
ある高校のクラスで1ヶ月の間に3回も席替えがあったのはなぜか。それを敢行した熱血教師がその後自宅謹慎を続けているのはなぜか。
「3回の席替え」の謎は現代的ではあるが、無茶なレベルではない。ヒントは文中、図中に示されており、それは主人公たちによってやがて明らかにされる。だが、本作はそこで終わらない。誠実な担任教師の謹慎の理由にまでいたったとき、読み手は声を失い、最初のページに立ち戻る。そういうこと、だったのか。
短篇ミステリにこれ以上を求めては我侭、傲慢と言ってよいほど見事な伏線とその解放。そして高校生名探偵は推理はし得ても力及ばず、何一つ解決できない。事件は切ないが、世界はフェアで厳格だ。

ミステリとしての局面にばかりふれたが、このシリーズは弱小ブラス部で普門館(吹奏楽にとっての甲子園ようなもの)を目指す穂村千夏と上条春太が少しずつ学内のつわものと闘っては仲間に引き入れ(作者は八犬伝を意図したとのことだが、どう読んでも全盛期の少年ジャンプ)、自身も成長していく気持ちのよい青春小説として楽しめる。いくつかで涙を誘われ、いくつかで通勤電車でぶひゃひゃと声が出るほど笑ってしまう(3巻の「ヴァナキュラー・モダニズム」の一発芸は凄い!)。
もう1点、主人公たちは単行本を重ねる間に、高校1年から2年に成長している。このシリーズはサザエさん時空にはいないのだ。

ただ、そこまでの欲張り度合いが本作を今ひとつメジャーにしきれないのかもしれない。たとえばアニメ化するには少しプリズムが複雑すぎるのではないか。そこがいいんだけどね。

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