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2013/01/14

〔短評〕 『フランクを始末するには』『死の扉』

 最近読んだ本から。

Photo『フランクを始末するには』 アントニー・マン、玉木 亨 訳 / 創元推理文庫

 背表紙の「買いものリストだけで成り立つ異色作」「奇想とユーモアあふれる傑作短編集」という惹句に曳かれて読んだ。
 オーストラリアの作家による、いわゆる「奇妙な味」と称される類のショートストーリー集。
 刑事の相棒に赤ん坊を配する試み。庭の雑草を許さない未来社会。エスカレートするチェスの必勝法。エスカレートするペットの豚のための心づくし。
 おそらく、こういったミステリともSFともつかぬひねくれた作品を初めて読む者には、それなりに意外性があり、驚き、楽しめる水準なのだろう。しかし、60年代、70年代の日本SF、とくに筒井康隆や小松左京の実験的作品を読んでしまった身には表題作はじめいずれも生ぬるい。
 こういった作品は奇抜さと不気味さが勝負だけに、それらの点で今ひとつと思われたらそこまでなのだ。

Photo_2『死の扉』 レオ・ブルース、小林 晋 訳/ 創元推理文庫

 思い返してみれば、創元推理文庫は「奇妙な味」というジャンルに弱い。これは当たり前で、創元推理文庫は「本格」志向なのである。
 ただしここでいう「本格」はパズル色の強い「本格推理」「新本格推理」の意ではない。「本格」ミステリ、「本格」サスペンス、「本格」SF、「本格」サスペンスの「本格」である。スパイもハードボイルドも日常の謎も、それぞれの中で「本格」であれかし、それが創元推理文庫の道なのだ。

 『死の扉』は1955年にイギリスで発行されたレオ・ブルース9冊目の長編。推理小説全盛期の香り漂う良作ではあるが、そんなものがさしたる理由もなしに突然新訳で復活する、実に創元推理文庫ならではの選択だろう。
(背景にはやはり忘れられていた作家の一人、D・M・ディヴァインの『兄の殺人者』や『ウォリス家の殺人』がある程度売れたことが力になっているように思うが、どうだろう。)

 内容は、イギリスの小さな町で、嫌われ者の女店主と巡回中の巡査が一つ場所で、しかし時間を違えて殺されていた事件に、歴史教師の素人探偵キャロラス・ディーンが挑む、というもの。綿密に張り巡らされた伏線、会話に漂うゆったりしたユーモアが意外な真実に誘う。フーダニットの王道である。
 不思議なのは、もし現在の作家が全く同じ犯人像を描いたとしたなら(実際、あちこちで無節操に書かれていそうだ)、類型的とか凡庸とか感じられるに違いない、ということだ。クリスティなど、犯人像もトリックも今となっては決して珍しくもないのに、読み返してみるとやはり楽しい。良き時代の良き推理小説では、書き手の自負が作品の魅力のバックボーンとなって動じない、ということか。

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