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2012/09/03

慟哭の書 『アルキヘンロズカン(上・下)』 しまたけひと / 双葉社アクションコミックス

Photo ホイチョイテイストのライトでポップな表紙絵に騙されてはいけない。
 A5サイズだからといって、よくあるコミックエッセイなどではない。

 「歩き遍路」とは、弘法大師(空海)が修行のため辿ったとされる四国八十八箇所の寺を自身の足で歩いて廻る修行のこと。白装束に遍路笠の「お遍路さん」がそれである。距離にして1200キロ以上、1箇月以上かけて八十八の番所すべてを廻ったとき、願いがかなうとも言われている。

 『アルキヘンロズカン』はこの四国八十八箇所巡りに挑んだ「30代独身 売れないエロ漫画家」と「グダグダと日々を過ごす元OL」の二人を主軸に、その道程をぶちまけるように描き上げた作品である。彼らは道々さまざまな人々と出会い、驚き、呆れ、あるときは不快な思いにとらわれる(そして不快に思った自分にまた落ち込む。ともかく歩く以外にすることのない遍路は内省的になるしかないのである)。

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 知人の昔話、その一。

 

 四国には弘法大師ゆかりの寺やらため池やらがめったやたら多い。
 あるとき、小さな町の高校に通う少年少女が逢引きするのに、
「がっこ終わったらおだいっさん(お大師さま)の前な」
「うん、ええよ」
と約束したところ、少年は学校の南の山裾の古寺に、少女は北の浜の社に向かってそれぞれ待ちぼうけ、翌日ケンカになってしまった。
「おだいっさんいうたら坂の上やろ」
「あほちゃうん、浜に決まってる」

 

 南無大師遍照金剛

 

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 『アルキヘンロズカン』に登場する遍路たちは、必ずしも八十八箇所を廻り切ると願いがかなうと考えているわけではない(一人?を除き)。
 祖母に強要されてやむなく歩くことになった元OLの道程は空疎で、心を乱すさまざまな出来事はあれど、結願(八十八箇所め)が近づいても「いまひとつ物足りない」思いにかられる。彼女の心は満たされるだろうか。一方、作者の分身と思われる売れない漫画家の行程はまさしく「慟哭」に満ち溢れ、彼はひっきりなしに見たくないものを見、考えたくないことを考えてしまう。売れない表現者としての惨めさが、ひがみ、焦り、無力感の真っ黒い塊となって再三彼を責めたてる。彼は遍路道に何度も文字通り這いつくばってしまう。

 旅の最後にようやく巡り会えたある人物──その人物に会ってみたい、というのがそもそも遍路となったきっかけの一つだった──にも、主人公は完膚なきまでに叩き伏せられてしまう。ここまできても、救いなどない。それでも……という読了感が得られるかどうかは、読み手にとって今人生がいかなるものであるかによるだろう。

 黒い気持ちを剥き出しに描いたこんな本を無造作に人に奨めてよいものかどうかは、よくわからない。
 だが、もし読むのなら少しでも若いうちのほうがよいようにも思う。

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 知人の昔話、その二。

 

 昔、遍路道添いのある豊かな家では、お遍路さんが通りかかるたびにお茶や握り飯をお接待に供していた。その頃の遍路には当時業病と見なされていた病に罹患した者も少なくなく、やがてその家の家族も発病し、一家は離散してしまう。家も家族も失った主人は歩き遍路に身をやつし、
「わしらがなんの悪いことをしたちゅんじゃ」
と怨嗟の中で亡くなった。
 この昔話を伝えた母親は、知人にこう諭したそうだ。
「しやから、お接待は断られたらいかん。渡すときは渡しきり。お握りは紙袋につめて、お茶碗もそのまま差し上げるんよ」

 

 南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛
 (「お接待は断ってはいけない」「お遍路さん同士で物のやり取りをすると『業をもらう』のですべきでない」というのは、こういう意味もあったかと思います。ただし、この話は戦争より前のこと。現在はそのような病気の心配はありません。)

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