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2012/07/23

夏休みに読みたい一冊 『吸血鬼カーミラ』 レ・ファニュ、平井呈一 訳 / 創元推理文庫

Photo ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ(1814~1873)はアイルランドの小説家。その作品はブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』をはじめ、シャーロット・ブロンテ『ジェーン・エア』、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』等に多大な影響を及ぼしたとされており……などとウィキな紹介をしてしまうと、いかにも古めかしい作品が目に浮かぶ。なにしろ海のこちらは明治維新のころだ。
 確かにこの中・短篇集『吸血鬼カーミラ』に収められた短篇のいくつかは、傲岸不遜な主人公のところに夜ごと幽霊が現れて最後には復讐を果たす、とかいったいわゆる「怪談」で、よく出来てはいるが、はっきり言って今読んでそう「怖い」ものではない。しかし、巻末の中編「吸血鬼カーミラ」に限ると、清流のようにさらさらと美しい読み応えながら、本文の最初のページから不思議にうすら寒くて恐ろしい。久しく読み返したいと思っていたが、今回何十年ぶりかに読み返してみて、思っていた以上に血が洗われたような思いがして、よかった。

 レ・ファニュの特長の一つに、都会や田園など、作品の舞台を(言葉数は少なくとも)じっくり描いていることがある。カーミラは、オーストリアのスチリア州の古城を舞台としている。
 少し長くなるが引用したい。

 目のまえには、今そこを歩いてきた森の空地が横たわっております。左のほうには、細い道が大きな木立の下をぬけて、その先はこんもりした森のなかに見えなくなっております。右手には、同じ道が絵のような反り橋を渡り、橋のそばには昔物見櫓だった荒れはてた塔が立っており、橋のむこうはきゅうに木々に覆われた小高い台になり、蔦のはった岩が木かげに濡れた肌を見せております。
 芝のはえた低地の上には、うっすらと狭霧が煙のようにたちこめて、遠景にヴェイルをかけ、夕月にほのかにきらめく水の流れがおちこちに見えます。

 このような光景の中、主人公の純朴な娘とその父親、娘の家庭教師たちが薄暮の夕月を見に散歩に出て、馬車で駆ける吸血鬼と出会うのだ。
 主人公の前に現れた吸血鬼カーミラは魅力的な若い女性であり、襲われるのもすべて若く美しい女達ということもあって、本作では全篇にレスビアンの気配が濃厚である。だが、一方、カーミラが死者として永らえる葛藤を述懐する場面もあり、その特質は一面的でない。百年も昔の自身の肖像画が修復されて目の前に現れたときのカーミラの心持ちはどうだったのか、なぜカーミラは主人公の娘のみすぐに死なせなかったのか、など、描かれていないことへの興味はつきない。
 讃美歌への畏れ、棺に生きたままの姿で眠る死体、本名のアナグラムを名乗る、吸血鬼退治の専門家、など、のちのヴァンパイア映画の小道具のいくつかはすでに登場しているが、いずれもおぼろな謎として描かれている。

 ただし、本作の魅力は決して「幻想的」な雰囲気によるものではない。語り手は若さゆえ世事にたけてこそいないがカーミラに対する観察や判断は明晰だし、その他の登場人物も(吸血鬼がこの世に存在するとは思わないため防御が後手にはまわるものの)いずれも理知的だ。だからこそ、そのあわいに滑り込んだ熱病のような吸血鬼は魅力的であり、かつ美しいのだ。

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コメント

今回、読み返したのは新たに買い求めた新刊でしたが、添付画像は1976年の13版のものです。こちらのほうが格段に好みなので。

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