結局喜劇とはなりきれず 三谷版『桜の園』 アントン・チェーホフ作、パルコ劇場
ご報告が遅れたが、6月14日(木)、渋谷のパルコ劇場で三谷幸喜演出の『桜の園』を観てきた。
チェーホフは自身の脚本を「喜劇」、ときには「笑劇」と称し、『かもめ』初演の際「悲劇」として喝采を受けてがっかりしたという逸話が残っている。パンピーな感性をもってすれば「どうかしてる」と言わざるを得ないのだが(だからこそ一段すごい作家だったのかもしれないが)、この逸話に新しい解釈のチャンスを見出だす演劇人もままいるようだ。
今回、三谷幸喜もインタビューで「コメディとして作ってあるので僕みたいな人間こそやるべきだと昔から思っていた」、「何より浅丘さんがこんなにコメディエンヌとは思わなかった。3人の中で一番笑えます」等々「喜劇としての『桜の園』」を繰り返しアピール、実際、前説に青木さやかを立たせてAKB「ヘビーローテーション」の替え歌を歌わせたり、「携帯電話の電源は」等の館内放送をロシア語⇔日本語で脱線させてみたり、いくつか「お笑い」風演出で観客を笑わせた。
しかし……、「喜劇としての『桜の園』」という空気もしょせん最初の数十分だけ。
上品だが金銭にも人間関係にもダルな没落貴族を演じる浅岡ルリ子への観客の反応は「笑い」でなく「さすが」だったし、青木さやかのガラッパチな演技はそもそもストーリーから浮いていた。後半、舞台は退場していく貴族階級、金はあれど文化をもてない新興商人層、革命の夢を追うだけの若い学生たち、よってたつ主人を失った使用人たち、それぞれがいずれも勝者たりえないことを暗に示し、いくつか涙をさそうシーンを配して幕を閉じる。つまり、三谷版『桜の園』は、結局のところ、従来の哀感漂う『桜の園』のバリエーションに過ぎないのだった。
ともかく『桜の園』という作品は、脚本(ほん)があまりによくできているため、高校生が制服のまま棒読みで演じてもそれなりの感銘が残ってしまうようなところがある。一筋縄でどうこうできる脚本ではないのだ。今回、セリフや展開はかなり原作に忠実だったが、たとえば昨年秋のTVドラマ『ステキな隠し撮り ~完全無欠のコンシェルジュ~』であれほど笑わせてくれた「脚本家」三谷幸喜が「喜劇」として演出するなら、オールドチェーホフファンからの酷評覚悟で翻案改編に突っ走るしかなかったのではないか。
とはいえ、今回の『桜の園』、チェーホフの舞台としては決して悪いものではない。浅岡ルリ子によるラネーフスカヤを観られただけで価値はあった。拍手。
« 女王様の憂鬱 『魔境の女王陛下 薬師寺涼子の怪奇事件簿』 田中芳樹 / 講談社ノベルス | トップページ | 語りたい高み、語らせぬすごみ 『総特集 いしいひさいち 仁義なきお笑い』 文藝別冊 KAWADE夢ムック »
「音楽・CD・コンサート・映画・演劇」カテゴリの記事
- 『指先から旅をする』 藤田真央 / 文藝春秋(2024.02.22)
- 『ウィトゲンシュタイン家の人びと ──闘う家族』 アレグザンダー・ウォー、塩原通緒 訳 / 中公文庫(2021.06.20)
- ピアノ消音システム KORG KHP-2500S を取り付ける(2021.03.02)
- 不要不急 『音楽の危機 《第九》が歌えなくなった日』 岡田暁生 / 中公新書(2021.01.25)
- 『ヤクザときどきピアノ』 鈴木智彦 / CCCメディアハウス(2020.10.21)
« 女王様の憂鬱 『魔境の女王陛下 薬師寺涼子の怪奇事件簿』 田中芳樹 / 講談社ノベルス | トップページ | 語りたい高み、語らせぬすごみ 『総特集 いしいひさいち 仁義なきお笑い』 文藝別冊 KAWADE夢ムック »


コメント