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2012年5月の6件の記事

2012/05/31

這いよれ! ヒョウモンダ子さん 『猛毒動物 最恐50 コブラやタランチュラより強い 究極の毒を持つ生きものは?』 今泉忠明 / ソフトバンククリエイティブ サイエンス・アイ新書

Photo 少し長すぎるタイトルといい、いろいろ“大雑把”な要素を抱えた本ではある。

 本書は世界の「猛毒動物」を50位から1位まで順位づけるにあたり、その攻撃性でも被害者(死者)の数でもなく、ただその毒の「LD50値」(死亡率50%に相当する容量)なる数値だけを指標としている。そのため、人間の生活圏内に現れ、ガンガン咬みついて死者を出す猛烈な毒ヘビより、大人しくて毒牙も短く、めったに被害の出ない毒ヘビのほうが上位に位置する場合がある。あるいは、無理やり巣をこじ開けなければ噛まれない、おまけに1匹あたりの毒の量が少ないため、咬まれると「猛烈な痛さ」「指を咬まれても肘まで腫れる」「発熱、頭痛、悪心、嘔吐、ショック症状を呈する」が、「たいてい2~3日で快方に向かう」程度の毒グモが思いっきり上位にランクインしたりする。
 著者の紹介も「この猛毒ぶりだと、もろに咬まれたら即死する。が、実際に咬まれて死ぬ人はほとんどいないらしい」(ブラジルサンゴヘビ)等、上げたり下げたり、本当に怖いんだか怖くないんだかよくわからない。

 

 毒の強さで並べる弊害は、ほかにもある。
 50位の中に半分くらい毒ヘビが並んでしまうのだ。「最強のウミヘビが登場」「最強のクサリヘビ」「コブラの中で……最怖!」と言われても、皆さん結局毒ヘビなんでしょう? ……どうしてもダレる。

 

 それでも、ベスト(ワーストか)10のバリエーションは実に素晴らしい。第10位に毒ヘビがいるが、9位から先はタコ、貝、イモリ、クモ、クラゲ……意外性に満ちて、いずれもなんとも強力だ。
 とくに堂々3位のズグロモリモズ。鳥だ。『銭形平次捕物控』など読んでいると、江戸の犯罪に使われる毒薬は石見銀山(ネズミ退治に用いる砒素)かフグ毒、そうでなければ一般では手に入らない鴆毒(ちんどく)か南蛮渡来の毒薬……のいずれか、が定番なのだが、その(銭形平次ではたいてい入手不可能な毒の代名詞として登場する)「鴆毒」が、なんとパプアニューギニアに生息するモズの毒だったとは! というか、毒をもつ鳥がいること自体、知りませんでした(もっとも最近は、蹴りに毒針のひそむコンドルの一種が一部では有名らしいのだが)。

 ──話を戻して、大雑把といえば、図版。
 サイエンス・アイ選書は全ページカラーがウリで、本書でも猛毒動物の写真やイラスト満載。それはよいのだが、猛毒動物の写真資料が足りなかったか、マムシのページにハブ酒の写真、ウミヘビのページにウナギの写真、毒イモリのページにカエルのイラスト。最後のは単なるミスかもしれない。

 文章も全体に荒っぽく、ある毒ヘビについては妙に学術的な書き方をしているな、と思えば、突然ワイドショー的、被害者の体験談が出てくるなど、フォームが一定しない。しかし、生物の捕獲、研究のためフィールドに出た著者がハブを避けるためにヘッピリ腰で歩くさま、涌き水で水を飲もうとしたら頭の上からマムシが降ってきた話など、それぞれ精一杯猛毒動物の話題を詰め込もうとする姿勢に、悪い印象はない。

 なお、これは著者の意図かもしれないが、毒をもつ生きもので最恐、最強の……あ、これは触れてはいけないんですね。命にかかわる? 家庭崩壊? はい、わかりました。

2012/05/25

這いよれ! 多足類さん 『ぞわぞわした生きものたち 古生代の巨大節足動物』 金子隆一 / ソフトバンククリエイティブ サイエンス・アイ新書

Photo まったく、ヘビだのミミズだの、足のない生きものの気持ち悪さったらない。だがしかし、足の多すぎる生きものの恐ろしさときたらそれ以上かもしれない。そんなものが、もし、上からバサリと落ちてきたら……。

 本書によると現在地球上で学名のつけられた生物は約174万種。そのうち動物が約137万種、そのうち脊椎動物が約6万種、哺乳類にいたっては5490種しかいない。それに対し昆虫やクモ、サソリといった節足動物は、わかっているだけで約115万種。つまり、実はこの星の盟主は節足動物だったのだ。

 そして、かつてこの惑星に酸素が豊富(大気中の35%!)だったころ、海や陸には現在とは比較にならないほど巨大な節足動物があふれていた──本書はその節足動物の分類学上の定義から書き起こし、三葉虫、ウミサソリ、陸上鋏角類(サソリ、クモ)、多足類(ムカデ、ヤスデ)、六脚類(昆虫)に章を分けてそれぞれ特徴的な古生物を紹介する。
 とくに驚くのが、その情け容赦ない大きさだ。体長2メートルを超えるウミサソリやムカデの類。考えただけで背スジがぞわぞわしそうだが、それをまた丁寧に化石の写真やイラストで紹介してくれる。体長90センチを超えるサソリのシルエット。どうしろというのか。

 扱われる生きものたちの怪しさに比べ、著者のテキストは極めて端正かつ几帳面。
 三葉虫やウミサソリ、ムカデなど、さまざまな節足動物の、最古のもの、最大のもの、分類上のキーとなるものなどを生真面目に属名種名で紹介し、化石から判明した部分部分の特徴やそれに基づく分類学上の諸説を列記するテキストが律義で詳細なだけに、ときどきこぼれる次のような一節が強烈に記憶に残る。

 この属においてなにより興味深いのは、複眼の巨大化が極限に達し、ついに左右の目が融合して、ゴーグル状の1つ目になってしまった点である。赤塚不二夫の漫画のキャラクターは、4億5000万年前には実在したわけだ。

 

 (ムカデの)毒牙は歩脚が変形したもので、厳密にいえばあれは咬むのではなく抱きつくのである。

 

 ムカデにハグされても困ってしまうのだが……。

 それにしても、古代の巨大なウミサソリやムカデたちは、当時の濃密な大気の中、王蟲のようにキシキシと節々を軋ませながら足を運んだのだろうか、それともクモのように気配も音もなくヒタヒタと獲物に迫ったのだろうか。
 ──どちらもまっぴらごめん、と怖気を振るいつつ、心のどこかで細密なCG動画でそのさまを見てみたい、いや、いっそタイムマシンで古代に跳んで、うっかり踏んでしまうとか、岩陰からずるずる頭の上に滑り落ちてくるとか、姿は見えないのにカサコソと近づいてくる気配だけが感じられるとか。

2012/05/21

ベストセラーは読者を招く 『告白』 湊かなえ / 双葉文庫

Photo Amazon.co.jpには読者が(一部は版元の関係者が読者を騙って?)それぞれコメントや推薦文を書き込む機能がある。ふと気がつけばこの『告白』のカスタマーレビュー、700超という非常に大きな数字になっているのだった。

 最近のベストセラーのレビュー数を適当に調べてみると、以下の次第。

  湊かなえ 『告白』 704
  藤原正彦 『国家の品格』 649
  東野圭吾 『容疑者Xの献身』 537
  養老孟司 『バカの壁』 524
  小川洋子 『博士の愛した数式』 516
  東川篤哉 『謎解きはディナーのあとで』 444

 『告白』のレビュー数は突出とまではいかないまでも、なかなか大きなものであることがわかる。

 Amazon.co.jpのレビューはスレッド式になっていないため、継続的な議論はできないし、そもそも通して大量に読むには向いていない。したがってこの数値は、「自分も何か書きたい、伝えたい」という読者の一方的な思いの顕れとみなしてよいだろう。
 つまり『告白』は、何であれ読者がコメントを表明したくなるような作品だ、ということだ。

 しかし、ある作品に感動したとき、人はなかなか軽々しくレビューなどは書けない。逆に、どこかに隙がある、極端な話自分のほうが巧く書ける、自分の主張のほうが正しい、と思わせる作品のほうが、より読者を釣り込むことができる。これは必ずしも作品の優劣とは関係ない。読者参加を招く本とは、ある意味、出版物としての理想だ。たとえば「こんな執事などいない、文章もヘタだ、トリックも古い」と口角泡を飛ばしたとき、読者はすでに作者の掌に乗っているのだ。

 ある高校で起こった事件を関係者のモノローグでつないだ『告白』について、もう一つ言えることは、それぞれのモノローグが真実味を持つことと、文芸作品として優れた文章であることは必ずしも一致しないことだ。
 非日常的な事柄に対し、高校生がそれを読みやすい日本語で語り切るのは容易ではない。語句の間違いや上ずったところの一つ二つあるのが普通だろう。だが『告白』が商業作品である以上、未熟な日本語で書かれることもまた許されない。つまり『告白』は、文章がヘタならお叱りを受け、優れていれば不自然と指摘される、そういう構造物なのだ。『告白』が売れたのはそのせい、などとは言わないが、この作品が最初から読者参加を招きやすい形で世に問われたのは確かである。
 もし貴方がベストセラー作家志望で、そこそこ力量もあり、しかしヒットに恵まれていないなら、作品のどこかに「突っ込みどころ」を設けてみてはいかがだろう。タイトルで読み手を不快にさせるのも手かもしれない。

 ちなみに、Amazon.co.jpには『告白』以上にレビューを集めた書物も存在する(そりゃそうだろう)。
 その1つは岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』、765レビュー。いやいや、片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』、1008レビュー。
 なるほどなあ。

2012/05/13

探偵たちはぬるま湯でたゆたう 『Bluff 騙し合いの夜 ミステリー傑作選』 日本推理作家協会編 / 講談社文庫

Photo 2008年に国内で発表された短編ミステリから編まれた傑作選。背表紙によると72巻め、初巻『犯罪ロードマップ』が1974年発刊だからまもなく40年になろうという長寿シリーズ。
 しかし……。その読み応えは浅く、軽い。これが一年を通しての傑作というなら、寂しい限りだ。
 何が足りないのだろう?

 収録作8編中の4編は、読み終わって気がつけば夏の出来事だった。

  「八月に入り、連日猛暑日が続いていた」
     (「熱帯夜」曽根圭介)
  「猛暑日と熱帯夜が続いていた」
     (「前世の因縁」沢村凛)
  「まだ残暑が厳しく、この日も気温が三十度を超えていたが」
     (「見えない猫」黒崎緑)
  「二十二度くらいに冷やされた店を出て、三十度以上になった屋外に出ると」
     (「音の正体」折原一)

 しかし、通して読んでもいっこうに汗ばむ気遣いがない。これら季節を表す表現がただ「記号」に過ぎないためだ。「頬をさす寒風が吹きすさんでいた」と置き換えても出来栄えはあまり変わらないかもしれない。

 『犯罪ロードマップ』が発刊された1974年には、平塚のピアノ騒音殺人事件が話題となった。「たかがピアノの音で人殺しとは!」と当時世間は驚いたものだが、その後、周囲からは理解しがたい動機による殺人がごく普通になっていく。つまり、隣人は「よくわからない理由でいきなり」誰かを殺してしまう人だったのだ。とはいえ、事実がそうだから、と、フィクションまで「よくわからない……」では、少なくとも読み手を圧倒することはできない。

 つまり、現代の若手ミステリ作家は、登場人物に一線を越させる確かな理由を、現実の手本から見つけ出すことができていないのかもしれない。そのため、作中の季節感も、殺意も、トリックも、すべてプラスチックの積み木の清潔なピースのようになってしまい、作品の優劣はただその組み合わせの是非でしか競えない。「熱帯夜」の頭でっかちなオチなど、その最たるものだ。

 結局のところ、『Bluff 騙し合いの夜』のつまらなさは、現実に即しているといえば即しているのかもしれない。犯罪はもはやドラマにもパズルにもなり得ない、そういうことだ。



 
 
 
 ところで、巻頭の伊坂幸太郎の「検問」は短篇としてこれで完結しているのだろうか? 金の出所、警官の検問など、重要な伏線が何一つ解明されていないようにしか見えないのだが。

2012/05/06

名探偵、今回はなぜかタイトルも無芸 『鍵のかかった部屋』 貴志祐介 / 角川文庫

Photo 期待が大きすぎたせいか、長編『硝子のハンマー』、短編集『狐火の家』に比べれば格段に満足度ダウン。

 『狐火の家』と同様、密室殺人を扱った4編からなる短編集なのだが、そのトリックが複雑でわかりにくいため、
   犯行はいかに困難な状況下でなされたように見えるか
の説明にまず紙数を費やし、そのあげく
   それが実際はいかになされたか
の解明にさらに紙数を費やすという悪循環。その結果、犯行の動機や犯人のキャラクタ紹介、お馴染み防犯コンサルタント(元泥棒?)榎本径と(自称)美人弁護士青砥純子の頓珍漢な掛け合い漫才も駆け足……と、要するにこのシリーズならではの魅力が台無しだ。

 ちなみにテレビドラマ化に際しては榎本役に嵐の大野智? 「お嬢様はアホでいらっしゃいますか」の桜井翔の二番煎じか。あちらも酷かったが、毎度ながら誰でもいいから数さえとれればというテレビ局の浅ましさ。……というか、怒れよ貴志祐介。

2012/05/05

あざ笑う刃 『アバンチュリエ(3)』 森田 崇 / 講談社イブニングKC

Photo 軽妙にしてほどよく悪意もけぶる3巻め。前回書くだけのことは書いたので、今回は軽く内容紹介だけ──。

 収録作は「ハートの7」の解決編、「遅かりしHerlock Sholmés(ハーロック・ショームズ)」、「赤い絹のショール」、の3編。
 いずれもよき時代の探偵小説屈指の好編にしてアルセーヌ・ルパン生涯の伝記作家との出逢い、宿命のライバルHerlock Sholmés(いわずと知れたSherlock Holmesのアナグラム)との出逢い、そして実直ガニマール警部を相手にルパンの手際と頭脳の冴えをまざまざと示した傑作、と、シリーズ中でも重要な意味合いをもつ作品ばかり。

 連載開始前に十二分に醗酵させたのだろう、友人に対し気のいい好青年を演ずるルパン、愛しい女性を前にうろたえるルパン、事件に際しキレまくる天才ルパン、いずれも胸のすくかっこよさ。
 翻訳本と読み比べても、たとえば「ハートの7」で名を問うバランに「おっ! 復讐するつもりだな?」と嬉しそうにモノクル(片メガン)をつけて名乗りを上げるルパン、「赤い絹のショール」でならず者としての生き方に翻意を求めるガニマール(原作にそんな場面はない)に「…これは驚いた! お説教ですか!? 神父様(パーパ)!!」と茶化すルパン、などなど、ある意味ルパン以上にルパンらしい。

 森田崇は、声を上げてあざ笑う実践者の、肌がひりつくような痛快さとその裏の峻烈さをわかって描いているのだ。多分。

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