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2012/04/07

装飾過多、科学性希薄な話題作 『なのはな』 萩尾望都 / 小学館

Photo 新聞や雑誌書評欄では「あの萩尾望都が原発事故にペンをとった!」と一種事件扱いである。まあこれだけ世間が評価しているなら、ネットの片隅で一人くらいネガティブなことを書いても大勢に影響はないだろう。

 ──と、煙幕を張っておいて、本題に入る(もくもく)。

 事件扱いするほどのものではない。

 巻頭の「なのはな」は、津波で祖母を亡くし、原発事故で家に住めなくなった福島の少女を幻想的に描いた作品。がちがちに悲惨な話のはずが、祖母の死も放射能汚染も昔日のキレイな思い出のようだ。
 巻末の「なのはな ─幻想『銀河鉄道の夜』」はその続編。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」と「ひかりの素足」に想を得ているが、その2作はいわゆる「夢落ち」でありながら、夢から醒めたときにそれまでの幻想的情景がオセロのようにすべてつべたく重い現実に塗り替えられてしまうという、怖い話である(賢治畏るべし)。それに対し、本作では、ファンタジーのくるみワタが現実の厳しさをぼやかしたまま終わってしまう。
 十年後、子供たちにこの2作を読ませて、福島の痛みがわかってもらえるだろうか?

 「プルート夫人」「雨の夜 ─ウラノス伯爵─」「サロメ20××」の3作は、何を今さらの古めかしい原発反対アジテーション。福島第一原発事故とはあまり関係がない。
 この3作では、擬人化されたプルトニウムやウランが、一方でちやほやもてはやされ、一方で世界の汚染源と責めたてられる。その責め口上はあきれるほどステレオタイプで、要するにウランもプルトニウムも半減期が長い、そう繰り返されるばかり。それは原発反対運動で何十年も前から繰り返し主張されてきたことだし、しかも3作とも「ちやほや」&「責め」で1セット、構成にほとんど変わりがない。
 ところで、(当たり前だが)ただの元素に過ぎないプルトニウムやウランそのものに罪や責任があるわけではない。「夫人」、「伯爵」、「サロメ」と一見意味ありげな配役に目がくらんだか、新聞や書評欄はヨイショ記事を重ねているが、本来の主人公たる人間に目をやったとき、この虚飾ばかりの3作にいかなる寓意、批評があるというのか。

 そもそも、「寓話」の体裁をとっているとはいえ、外部電源喪失も炉心溶融も水素爆発もヨウ素もセシウム除染も注水も避難地域も内部被曝も東電も何一つ描かれないこれら3作には、福島原発事故の巨大な四角い影がまったく感じられない。作者はいったい原発事故報道の何を見てこの3作を思い描いたのだろう。もし今回の原発事故にショックを受けた結果たどりついたのがこの3作だと言うなら、その意識構造は少々不思議だ。不自然、と言ってもよい。山岸凉子の反原発マンガ『パエトーン』(1988年)に対抗して用意していた原発ネタを今になってお蔵出ししてきたのか……とまで言っては邪推が過ぎる、か。

 ちなみに、しりあがり寿の『あの日からのマンガ』には、やはりヨウ素やセシウム、プルトニウムを擬人化した「希望」というトンデモナクつべたい作品が収録されている。
 「寓話」とは、その「希望」のような水準のものを言う。

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コメント

考え方、捉え方、感じ方は様々。
この作品で確かに感動した者の存在も否定出来ない。
時に作家は自分の感情のままに書きなぐることがある。
それを掲載するか否かは編集者のもの。
三部作はともかく、なのはなに関しては津波で弟を亡くした私にはぐっとくる話でした。

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