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2012/03/25

3.11に背を向けて 『ののちゃん全集⑧』 いしいひさいち / 徳間書店

Photo_2 24日の朝日新聞朝刊社会面によると、あのファド歌手吉川ロカが、ついにCDデビューを果たしたとのこと。信じられない。娘のことのように嬉しい。

 ……吉川ロカはいしいひさいちが朝日新聞朝刊に連載する『ののちゃん』の登場人物。のの子たち山田家の隣、キクチ食堂でアルバイトをしながら定休日には店でライブを開かせてもらっていた。ステージでのアルトの迫力とは裏腹にシャイな彼女は、友人の柴島美乃らに背中を押され、一歩一歩音楽業界に足を踏み入れていく──。
 というのが、山田家の能天気な日々を描く四コマの、二十回三十回に一度二度、ぽつりぽつりと語り継がれたロカのお話。

 ロカの友人、柴島美乃の弟は、山田家の長男のぼるの野球部の先輩、教頭を殴って学校を退学になった柴島宗勝であり、ロカと柴島姉弟はともに海難事故で親を亡くしている。

 こうして書いていると、まるで『ののちゃん』ではない、なにかシリアスな長編青春小説を紹介しているかのようだ。
 でも、嘘でも、間違いでもありません。

 『ののちゃん』はある意味恐ろしい物語である。
 山田家は、30年以上前に『おじゃまんが』あたりで登場して以来、基本的に誰もキャラクターを変えていない。父たかし、母まつ子、祖母しげ、兄のぼるらは、折々に絵柄や設定は変わったものの(タブチ君が親戚のミステリ作家からののちゃんの小学校の先生に、など)、各人の趣味や嗜好性は一切変わらず、その「しでかし」具合もまったくブレない。つまり、山田家の面々は描かれ始めたとき、すでに徹底的にその人生が(おそらく各人の幼年期から現在まで)造成され、検討され、その上で数十年にわたって数千の四コマ作品が描かれ続けているのだ。
 わかりやすい証拠がいしい作品では途中から登場したのの子の担任の藤原ひとみで、彼女について、いしいひさいちは中学生時代から教師をやめてのちにミステリ作家として活躍するにいたるまでの年代記を各誌にばらばらに発表し続けている。だが、どの四コマを見てもダルなひとみはひとみであり、決していしい作品のほかのキャラクターたり得はしないのだ。

 こうしたスタイルが貫かれた結果、当然のように山田家の時間は静止し、30年前と昨日の朝刊とで、のの子とのぼるは同じように寝坊を繰り返し、まつ子は夕飯の献立に迷いながらソーメンを茹で続ける。
 そんな時間軸の中で、この数年、胸苦しいばかりに躍動し、展開したのが、吉川ロカと柴島姉弟の物語である。作者がいかなる意図をもって彼らの変遷を描くことにしたのか、その理由はわからない(いしいは饒舌だが、自作についてはめったに語らない)。

 先日発売されたばかりの『ののちゃん全集⑧』は、朝日新聞朝刊2010年3月1日から2011年12月31日までの掲載分全653本をまとめたもの。
 驚いたことに、この時期毎日掲載しながら、いしいひさいちはついに一コマも、3.11を、地震を、津波を、原発事故を取り上げなかった。どのような意図をもってなされたのか、これもわからないが、いくら関西が舞台とはいえ、あの時期の朝日新聞の社会面において、なんらかの意図ないし覚悟なしにできることではないだろう。
 しかし、吉川ロカと彼女をめぐる仲間たちの肩の力の抜けた活動、その背景で、新聞紙面ではなかなか気づかれなかったであろう彼らの親を奪った海難事故を思うとき、今回の物語の帰結はいしいひさいちの3.11への一つの回答ではないか、とも思う。正面から声をあげ、泣くことだけが支援ではない。

 「ROCA NOW ON SALE」と書かれたこの最新の四コマを僕は切り取ろう。そして静かに『ののちゃん全集⑧』に綴じておこう。

   のの子「まぁ きっとどこかで歌ってるよね。」
   まつ子「ああ元気でやってるやろ。」

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