『黒塗怪談 笑う裂傷女』 黒 史郎 / 竹書房文庫
こちらも「実話怪談」。連発でちょっとしつこいか。そもそも、こういう本のレビューにニーズはあるのかとか思わないでもないが、よく考えたらもとからニーズに応えて書いているわけでもないので気にすることなんてないのです。
さて、著者の黒史郎は、先の『無惨百物語』の黒木あるじらとともに平山夢明に発掘された人物。平山、黒木以上に、誰かに聞いた実話かどうかより「怪談」としてどうか、にポイントの置かれた作風である。サービス精神旺盛と言ってよい。同じ竹書房文庫から既刊の「黒丸ゴシック」シリーズではストーカー、サイコパスもの、つまり壊れた人間の裂けた恐怖を扱っており、不条理な暴力や直接的な不潔感が強く打ち出されていた。本作では一転「怪談」に焦点をしぼったわけだが、平山、黒木、あるいは『百物語』シリーズの平谷美樹らとも違う手法として、著者本人の「鑑定」が付記されたものがある。それが、よくある怪談話に奥行きを与えている。
どういうことかというと、黒史郎は、誰かに聞いたという怪奇な出来事を取り上げて、語り手に
いまだに、視たという実感がないという。
とか、
今思えば、本当に子供だったのかも、わからないそうだ。
とか、
だから、娘に留守番はさせないのだという。
など述懐させる。これは実録怪談では常套手段ともいうべきまとめ方だ。
ところが、黒史郎は、(ごく一部の作品においてではあるが)さらに加えて、
彼のおかげで、誰の命も川へ流されずに済んだ。
私は真壁さんの体験談の中で、勝手に納得してしまうところが多々あったことは記しておく。
といった「論評」を加えるのだ。しかもその論評が、ご覧のとおり、実際にその怪異を体験した人物より、著者のほうがよりその怪異の「意味」をわかっている、という書きっぷりなのである。つまり、この数話において、黒史郎は単なる記述者、伝達者を越え、怪異を解き得る高次の者として立っているわけだ。
しかも、わかっているぞと書きつつ、その意味の内容を一切書いてないあたりが実に巧い(ズルい)。著者はその怪異の領域におけるオーバーロードとして立ちふるまうと同時に、何も書いてないのだから間違いを指摘されることもない……。
この締め方をした怪談は本書でもほんの数編にすぎないが、それでもその数編が『笑う裂傷女』をこの夏に登場した「実話怪談」モノの中でも忘れがたいものにしているのは間違いない。甘々と真似をするのはいかがなものかと思うが、なにしろありきたりの怪談があっという間に意味深な謎に化けるのである、来年の夏にはこの語り口が連発されるに違いない。
……ところで、表紙にしか登場しない(残念)「笑う裂傷(きず)女」さんだが、ふと、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」がお化けになったらこんなふうか、などと思い立ってしまった。フェルメールファンには叱られそうだけれど。
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