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2011/07/30

苦い虫をかみつぶしながら 『ストリンドベリ名作集』 白水社

Photo  (まだ巻末の作品解説読んだだけ。およそ書評などというものではありません)

 節電の夏に似つかわしい本は何だろう──そういうことを考えてみた。ホラーだの原発関連ではあまりにありきたり。頭の中の本屋をぶらつくうち、そうだ、いつかは読もうと心に決めていたあの作家にチャレンジするのは、こんな夏こそふさわしい。
 思い立ってさっそく池袋ジュンク堂で買い求めたのが『ストリンドベリ名作集』、白水社の復刻版で、「父」「令嬢ジュリー」「ダマスカスへ」「罪また罪」「死の舞踏」「幽霊ソナタ」の6つの戯曲が収録されている。いずれも題名には聞き覚えのある、代表作。

 ヨハン・アウグスト・ストリンドベリ。スウェーデンの劇作家、小説家。
 子供のころ、文学全集の北欧編でストリンドベリの「海におちたピアノ」という短編を読んだ。
 蒸気船の桟橋で、古いピアノが海に落ちた。ピアノは波に揺れ、魚たちが触れるたびに静かに音楽を奏で、あるときは若い男女をうっとりさせ、あるときは釣りに訪れたコックを驚かせる。このピアノは鉱山の技師の奥さんのものだったが、彼女は技師のこぐボートに乗って懐かしいその音に涙をこぼす。つらく寂しい夜をともにしたピアノ。やがて秋が訪れ、嵐とともにピアノはどこかへ流され、桟橋は静かになる。
 それだけの話だ。それだけの話だが忘れられない。

 それにしても、小学生向けの文学全集で山室静に「力強い筆で、極端なまでに人間の心の奥にひそんでいる悪をえぐったり、人間どうしの血みどろの争いをえがいたりしたことで知られています」と紹介される作家とははたしていかがなものか。少し後のページには、「仮借ないはげしさで、人間を自我の鬼のようなものとしてとらえ、食うか食われるかの血みどろの戦いの姿を描いた作家」「徹底的な無神論者になり、しまいには半狂乱になって、旅から旅へさまよい、創作もまったくできなくなる」などとも書かれる。
 小学生の頃に「海におちたピアノ」に出会い、業火のような人物紹介を読んで以来、ストリンドベリはいつか読まなくてはならない、だが生半可な気分で手にとってはいけない作家の一人となった。名前の著名なわりに書店店頭で見かけることもなく、出会いがなかったということもあったが、もし読むのなら、浮かれ気分の似合わないこの夏に限る。

 そのストリンドベリの写真は、いずれも苦虫をかみつぶしたような表情をしている。かつて、「苦虫」は世界中にいた。どこの商店街の店先にも、電車の中、公園に向かう道にも。近頃のジジイはどいつもこいつも愛想笑いを浮かべるばかり。苦虫かみつぶして人間の心の奥をさぐったり、血みどろの争いをえがいたりするジジイはもういないのか。いないのだ。

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