この水はのんでもよい 『ムッシュー・アンチピリンの宣言-ダダ宣言集』 ツァラ、塚原 史 訳 / 光文社古典新訳文庫
「DADAはおれたちの強烈さだ」で書き起こされるダダの7つの宣言、いくつかの評論、そしてダダ時代の詩作品を塚原史による痛快な新訳で開示したトリスタン・ツァラの著作集。ページをめくるたびパパンパパパンと真昼の花火が打ちあがる。素晴らしい。
唐突だが、馬鹿馬鹿しいことを一つ思いついた。呆れないでくださいね。
経済評論家勝間和代の『無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法』『勝間和代の成功を呼ぶ7つの法則』等々の著作を好み、彼女の提唱するスーパーウーマンな生き方に憧れる女性を「カツマー」と称するそうなのだが(申し訳ない、詳しく存じ上げているわけではない)、その「カツマー」の皆さまが本書を読まれるとさあどうお考えになられるだろう。
たとえばツァラは「ダダ宣言1918」と表題をつけながら
おれは宣言を書くが、何も望んではいない。
さらには
それに、おれは原則として宣言には反対だ。
あげくに
おれは行為には反対だが、途切れない矛盾にも肯定にも賛成なのだ。
と嘯いてみたり。
一方、
誰もが叫べ。破壊と否定の大仕事をなしとげるのだ。
と高らかにアジテイトしておきながら
おれは自分のあとについてくることを誰にも強制しない。
おまけに
目的も、計画も、組織もありはしない。
そうですか。
いやいやいや、これらはまだ実はセンテンスとして論理的というかまっとうなほうで、
おれは宣言する、あらゆる宇宙的能力を、あの哲学的思考の工場から出てきた腐った太陽の淋病と対立させることを。
つまり、さて、どうする。あるいは
吠えろ 吠えろ 吠えろ 吠えろ ・・・
と11回×25行=275回繰り返されたページを前に、どうしよう、どうしようもない。
なにしろ、
⇒DADAは何も意味しない
のだから(「⇒」の部分には指差す手の形の印刷記号が入る)。
いかがかしら「カツマー」の皆さん。
と、面倒な引用を繰り返しているうちに、また別のことを思いついた。
本書をまるごとテキストデータとしてパソコンに取り込み、「おれ」を「腐ったバナナ」に一括変換してみたらどうか。
腐ったバナナは頭脳の引き出しと社会組織の引き出しを破壊する。
柔軟さ、熱狂そして不正の快楽さえもが、腐ったバナナたちが無邪気に実行しているあの小さな心理が、腐ったバナナたちを美的な存在にしてくれる。
おや。なんだ、ぜんぜん大丈夫じゃない?
少し真面目なことも書いておこう(いや、ここまでも十分真面目だったのだけれど)。
本書の巻末には、訳者が「今のところ日本語で公表されたいちばん詳細な」と胸を張るツァラの略伝が掲載されている。問題は、ツァラが、ルーマニアでの学生時代にすでにのちのダダの方法論を発見し、仲間内で実践していたふしがあることだ。それは、「ダダは、第一次大戦によってもたらされた虚無と絶望を背景に『破壊と否定』を主張した」とかいうよくある文学史的粗筋を覆す。ダダは、少なくともツァラ本人にとって、少年期以来の「嫌悪感」に起因する、極めて個人的な問題だったのかもしれない。
もちろん、起点などは何でもよい。要は、ダダが、現代詩、現代芸術にかかわる者にとって、「個体発生は系統発生を繰り返す」の言葉どおり、まず避けては通れない精神、そしてそれにともなう創作作法となったことである。赤ん坊が泣き、少年が反抗、青年が勘違いするようにダダはある。ここにも、そこにも、どこにでも。
それにつけても、本当にもう、心からうらやましい。100年ばかり前の、チューリッヒ、パリの、ダダ、シュルレアリスムに集まり参じた若者たちの写真の、表情の、なんというのびやかさ、なんという不敵な目線、なんという誇り高き嘲笑。彼らのカッコよさときたらほとんど目から光線のエスパーレベルだ。あの頃の僕たちにもマン・レイがいたら、なあ。
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