圧殺者 小林秀雄
前回取り上げた『鬼火・底のぬけた柄杓』(講談社文芸文庫)の巻末には、川崎賢子の解説に、次のようなことが記されている。
生前の吉屋信子は、しばしば批評家から黙殺されることを嘆き、小林秀雄が彼女の作品に嫌悪をあらわにしたことに憤慨し傷つきもしたようだが、それははんめんでは、吉屋信子の仕事が理論武装の結果でなしに知らず知らず挑発的な存在になっていたという証でもあろう。
(「はんめん」が何故ひらがななのかはともかく)小林秀雄は吉屋信子のどの時代のどのような作品を攻撃したのだろうか。いずれにせよ「嫌悪」とは相当だ。よほど酷評だったに違いない。
ところで、やはりこのブログで何度も紹介している久世光彦の著作の一つに、『美の死 ぼくの感傷的読書』という書評集がある(ちくま文庫)。亡くなった作家への「感傷」の度合が過ぎて少し辟易としないでもないが、昭和の街頭に照らされたような色合いの、読み応えのある書評集だ。
そしてこの『美の死』のあとがきには、次のようなことが記載されている。
五十を過ぎてようやく物を書きはじめて、心に決めたのは、怖いものに怯えていたら限りがないから、そうしたものには目を瞑ろうということだった。(中略)私などよりずっと以前から物を書いている人たちも怖いし、偶にはいるらしい文章の目利きとかいう人も怖い。(中略)──たとえば私は、四十年にわたって小林秀雄という巨きな幻影を畏れて、身動きできずにいた。
さあこうなると本棚を漁る手が止まらない。あった。隆慶一郎『一夢庵風流記』。これは戦国の武将前田慶次郎(利益)の痛快無比な傾奇振りを描く歴史小説で、原哲夫のマンガ『花の慶次─雲のかなたに─』の原作ともなった逸品だが、問題は新潮文庫版、秋山駿の解説である。
いってみればこの作品の前田慶次郎ふうに、言葉では説明できないが、何か堅く心に期するものが育っていったのではないかと思う。小林秀雄の眼の黒いうちは小説を書かない、と。(中略)小林が世を去ったのは昭和五十八年であり、隆氏が処女作『吉原御免状』を書き始めたのは、その一年後、昭和五十九年のことである。
隆慶一郎は、それから鏑矢が放たれたかのごとく、野太く波乱万丈な作品群を矢継ぎ早に書き下ろし、6年後には急逝している。
もちろん、いずれの解説、あとがきも、実のところそれぞれの著者が小林秀雄を尊重、師事していること、つまりは小林秀雄の傑出した力量を認めた上で書かれていることに変わりはない。しかし、それにしても構図が似過ぎている。
つまり、小林秀雄は、小説家を圧殺するのである。これは(この国を代表する批評家をつかまえて言うことでもないだろうが)果たして批評の正しいあり方と言えるのだろうか?
秋山駿の指摘が正しいなら、こういうことだ。
もし、小林秀雄がもう5、6年も長生きしていたなら、読書人はあの『吉原御免状』も『一夢庵風流記』も『影武者徳川家康』も手にすることができなかったのかもしれない。いや、隆慶一郎はまだしも、6年の猶予を得て、いくつかの作品を世に問うことができた。だが、もしかすると隆慶一郎や久世光彦に匹敵する、あるいはそれをはるかに凌駕する資質をもった人物が、小林秀雄を畏れるあまりペンを取り得ず、不幸にも小林より先に亡くなったということはなかっただろうか。隆慶一郎や久世光彦の胆力をもってしてこうなのだ。いなかったはずは、ない。それは、どうなんだろう、小林秀雄。
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