宇宙人ジョーンズ「BOSS」CMが留めようとするもの
サントリー缶コーヒー「BOSS」のCMでは、米俳優トミー・リー・ジョーンズ扮する宇宙人ジョーンズが、地球調査のためさまざまな職業についてみせる。寡黙だが少しKYでドジな宇宙人をユーモラスに描き、同時に「この惑星」現代日本の暗黙のルールを皮肉にあぶり出す……というのがこのシリーズのおおかたの評価かと思われる。
しかし……それだけだろうか。
最新の「とある老人」篇では、タクシー運転手のジョーンズに、同じく宇宙人調査員の老人(大滝秀治!)が語りかける。
「この惑星で起きることはむかーしからわけのわからんことばかりじゃった」
「とくに最近はまったくわけがわからん」
「いや〜、ずっと見てきたけど、今ほど皆が下を向いてる時代はなかったかもしれんな」
そこで一転、カーラジオから坂本九の「上を向いて歩こう」が流れ、建設中の東京スカイツリーを見上げる人々のカットが次々と示される。
(ナレーション)「ただ この惑星の住人はなぜか上を向くだけで元気になれる」
ちょっと見夢と希望にあふれた展開だが、この「上を向くだけ」の「だけ」が味わい深い。
東京スカイツリーは、決して昭和期における東京タワーのごとく希望と繁栄(リア充)の約束として描かれているわけではない。誰もが下を向かざるを得ない右肩下がりの時代に、希望も根拠もないけれどせめて顔「だけ」上を向こうとするための単なる目印にすぎない。虚の指標とでも称すればよいか。
さらにシリーズ全体を振り返ってみよう。
ジョーンズの働く仕事の多くは、いわゆる日雇い派遣労働である。周囲にばらばらと登場するのは疲れ果てて眠る者、やみくもに働く者、年老いた者などなど。このシリーズが扱う職業や場面のいくつかが、「秋葉原無差別殺傷事件」など最近の一連の無差別殺傷事件の犯行にいたる道程と重なるのははたして偶然だろうか。
このCMが言葉少なく、しかし強く止めようとしているものは(他者を巻き込むものも含む)「自殺」ではないか。
制作陣がどれほど明確に意図しているかはわからない。だが、このシリーズは、(とくに経済弱者と老人に対し)愚かな時代でも顔「だけ」は上を向いてはどうかと静かにメッセージを送る。「せめて、缶コーヒーを飲む間だけでも、踏みとどまろう」。