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2010/10/17

清冽、可憐、摩訶不思議 『第七官界彷徨』 尾崎 翠 / 河出文庫

Photo吃驚した。
最初の1行から最後の1行まで、よく冷えた幸福なプリンの味わいである。
こんな作品は、読んだことがない。
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忘れられた戦前の女流作家、とかいうカテゴライズに、勝手にあれこれ粘着質な作風を想像していたのだが、これが大ハズレ(失礼な話だ)。
「宮沢賢治が恋愛小説を書いたらこんなふうになったかも」……いや、だからこそあり得ない、と嬉しく絶句してしまうのだが。
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第七官とは第六感のさらに上(中?)のことだろうか。
主人公の「うちの女の子」は2人の兄と従兄の食事当番として暮らしながら、第七官に響く詩を書きたいと夢見ている。二人の兄はそれぞれ分裂心理、苔の恋愛を研究し、音楽学校浪人の従兄は主人公とオペレッタを口ずさむ。登場人物がそれぞれ出会っては散る、素っ頓狂ではかない恋。
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あらゆる優れた作品がそうであるように、上記のような説明はこの作品の魅力をまったく伝え得ない。
尾崎翠本人による「『第七官界彷徨』の構図その他」を併載した河出文庫『第七官界彷徨』が、装丁も活字フォントもすこぶるバランスがよくてお奨め。それにしても「構図その他」に示唆された、劈頭の削除された2行、それによって作品の「配列地図は円形を描いてぐるっと一廻りするプラン」だった2行とはいったいどのような内容だったのだろう。
       ζ
ちくま文庫の『尾崎翠集成』(上・下巻)は入門書としては重すぎる。
同じく文庫サイズの『ちくま日本文学 尾崎翠』にしても、その他の短編の多くが同工異曲でかえって『第七官界』の味わいを削ぎかねない(個人的には「途上にて」という短編は何度も読み返せて好もしかったが)。
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複数の男女が、それぞれ奇妙な科学を語りつつ、到達し得ないものを目指す構図。不器用なようで読み手に活力を招く、歩むがごとき文章。
シュルレアリスト ルネ・ドーマルの『類推の山』との共通項を指折ってみたりもしたくなる。ちなみに、発表年度を比べれば、『第七官界』が雑誌に掲載されたのは1931年。ドーマルが死ぬ1944年まで書き続けられ、1952年にようやく出版された『類推の山』より先輩なのだ。
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尾崎翠はほかの短編で主人公を形容するに「駄駄詩人(ダダイスト)」という言葉を用いている。シュルレアリスムについての知識も持ち合わせていた、かも、しれない。すると、「第七官」とはフロイトの無意識を経て「至高点」につながるもの、だった、かも、しれない。
などなどつらつら考えてみるのも楽しい。
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駄駄だの至高点だの、余計なことを書いて小難しい印象をもたれたならあなたに謝罪しなければならない。『第七官界彷徨』は、いつかジブリの『耳をすませば』あたりのスタッフによってアニメ化されるのが似つかわしい、そんな可憐な作品である。
ただ、前半何度も登場しては家中にたちこめる「こやしをどっさり煮る臭い」をどうするか……それが問題だなあ。

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