したたる違和感 『現代百物語 嘘実』 岩井志麻子 / 角川ホラー文庫
【もしかしたら妹、実家の二階で死んでるかも。】
たいした本ではない、ように見える。
発売されたばかりの文庫本だが、書店からの帰り道、電車の中でほぼ読み終えてしまった。
なにしろ著者が「小説に使えるかなと、簡単にメモするように記録していた『そこはかとなく不安な話』」、つまりは飲み屋のカウンターでやり取りされるようなちょっと怖い話やエタイの知れない知人の噂、その程度のものをを見開き2ページ×99話並べた、それだけのものなのだ。
際立ってよくできた怪談、都市伝説、そういった「作品」を期待してはいけない。心霊ネタもいくつかあるが、どちらかといえば、すぐばれるような嘘に嘘を重ねる少し壊れた風俗嬢の話、ちょっとしたストーカー事件の顛末、そういったゆがんだ心の持ち主の話が多い。
……ところが、読み終わってみると妙に怖い。周辺の温度がひいやりと下がっている。
あまり詳しく内容を紹介してしまうのはよろしくないが、たとえば次のような話がある。
上の子のひどい風邪が脳炎になるまで放置し、中の子が脚の骨を折っているのをそのまま放置し、家出した下の子が全身裂傷だらけになって戻ってきても放置する母親。
あるいは、四年前に知り合い、のちにある事情から二度と顔も見たくないくらいに関係が破綻した知人。その女が、なぜか、二十年前の浜辺のビーチパラソルの写真の中、自分たちの隣にいる。それもこちらに激しい憎しみの目を向けて……。
本書は同じ角川ホラー文庫『現代百物語』の続刊。
同じ人物や事件を違うアングルで書き分けたものも中にはあるのだろうが、99話をとりまとめ、そのたった1年後にまたこれだけのネタを集めることができるというのは、よほど話造りの才にあふれているのか、それともよっぽど素材、すなわち怪しい知人に恵まれているのか。
岩井志麻子にはホラーやエログロな設定に首までひたったような内容、文体の作品が多い。だが、こういったエッセイをまとめたとき、その視線は意外なほどに穏やかで常識的だ。後味の悪い読了感の一方で奇妙な爽やかさが残るのは、そのためかもしれない。
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