忘れられた画家たちの遠いかすれ声 『魔術的リアリズム─メランコリーの芸術』 種村季弘 / ちくま学芸文庫
【エレボーの正確な発音のほかに私が知り得たことはこれだけだった】
「魔術的リアリズム」といえば、ガルシア・マルケスをはじめとするラテン・アメリカ文学を想起するのが常かもしれないが、本書では「1920年代ドイツ。表現主義と抽象全盛の時代に突如現れ、束の間妖しく輝き、やがてナチスの『血と大地』の神話の陰に消え去った、幻の芸術」(惹句より)の一派のことを指す。目次には、アントン・レーダーシャイト、アランツ・ラジヴィル、アルベルト・エレボー、カール・グロスベルグなど、あまり目になじみのない画家の名が並ぶ。
「魔術的リアリズム」あるいは「ノイエ・ザハリヒカイト(新しい即物性)」と称されるこの一派は、しかし、ダダのツァラ、シュルレアリスムのブルトンのような押し出しのいい広報担当者を得ず、ほんの数年で消え、忘れられていった。
著者種村季弘は、プライベートなドイツ旅行を基点に、彼ら「ノイエ・ザハリヒカイト」の画家たちの軌跡を丹念にたどり、その作品と意図を解きほどいていく。その作品群は対象の無骨なリアリズムにあふれ、結果として硬くて重い幻想的世界を構築している。しかし、彼らの多くは明確な北極星を見出しえないまま、キリコたり得ず、ある者は画風を控え、ある者は無名の闇に消えていった。
「ノイエ・ザハリヒカイト」の作風は、本書に掲載されたモノクロの写真を見た限り、個人的には好もしいものではない。息苦しさが興趣を上回るのだ。しかし、種村の手馴れた解剖学的ペンが彼らを描くとき、そこには優れたミステリの連作短篇集のように、小さな謎から大きな謎が浮き上がり、解かれ、また巨大な謎の沼に沈んでいく。種村の本の多くがそうであるように、10年ばかりして読み返すと、またいっそうの、あるいはまったく別の読み応え、感興が待ち受けているに違いない。
それにしても。澁澤龍彦とうになく、種村季弘もいなくなったこの先、私たちはこういった知的でノーブルで密やかな楽しみを誰に求めればよいのだろうか。
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