フォト
無料ブログはココログ

« ナイスタッチ、ナイスペア 『あなたに似た人』 ロアルド・ダール、田村隆一 訳 / ハヤカワ文庫 | トップページ | チェーホフ 生誕150周年 »

2010/03/18

あわれ自らのことは見通せず 『千里眼千鶴子』 光岡 明 / 河出文庫

Photo 【不知火は松橋寄りの水平線に飛んだ。】

 九〇年代のホラー・シーンを席巻した「リング」の貞子。彼女の両親に、モデルが存在していたことをご存知だろうか。

 などと新刊文庫の解説冒頭に謳われていたら、これはさぞや、と上等なゲテモノを期待するが世の必定であろう。ところが本書『千里眼千鶴子』、ゲテモノはおろか、キワモノですらなかった。

 作者の光岡明(1932~2004)は、いくつかの作品で芥川賞候補となる一方、その数年後には一転直木賞を受賞している。最近あまり見かけない「文士」タイプの作家だったのだろうか。

 本書は直木賞受賞第一作、明治末に千里眼で世間、アカデミズム、マスコミを騒がせた二人の女性をテーマに、その経緯をドキュメンタリー風に追った中篇二篇からなる。ただし、この「ドキュメンタリー風」の「風」には大きな陥穽(おとしあな)があって、とくに御船千鶴子を主人公とした「不知火の女」では、千鶴子が死ぬまで決して外には漏らさなかったであろうことが綿々と記されていて実はほぼすべて作者の創作であることが窺える。

 つまりは作者が「巧い」のだ。
 さらには随所にちりばめられた

 長い間、海や浜や瘠畑で働きづめだった女たちは、(中略)積み上げられてきた人生の知恵はかすかな諦念の色合いを帯びて、次の世代がつまずくであろう人生の節目節目の障害を千鶴子の千里眼にすがって避けさせようとするのだった。

などの心理描写の底知れぬ深さ、(半可な推理小説が裸足で逃げ出しそうな)演繹的論理性。

 村人がこぞって不知火を見に浜に集う夜の光景はたとえようもなく美しい。
 しかし、その「不知火の女」の後半、村の生活や千鶴子の内心が描かれなくなるとともに物語は憐れみと妖しさを喪ってただ殺伐とし、続く中篇「福来博士の革命」にいたっては関係者の愚かしさが見苦しいばかり。それはおそらくそのまま作者にとっての「千里眼事件」の真実だったのだろう。お見事。

« ナイスタッチ、ナイスペア 『あなたに似た人』 ロアルド・ダール、田村隆一 訳 / ハヤカワ文庫 | トップページ | チェーホフ 生誕150周年 »

小説・詩・文芸評論」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/547008/48249397

この記事へのトラックバック一覧です: あわれ自らのことは見通せず 『千里眼千鶴子』 光岡 明 / 河出文庫:

« ナイスタッチ、ナイスペア 『あなたに似た人』 ロアルド・ダール、田村隆一 訳 / ハヤカワ文庫 | トップページ | チェーホフ 生誕150周年 »