フォト
無料ブログはココログ

« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »

2010年1月の4件の記事

2010/01/28

好みは三輪ちゃん。 『とめはねっ! 鈴里高校書道部』(現在6巻まで) 河合克敏 / 小学館ヤングサンデーコミックス

【…なんて書いてあるのか、読める?】Photo 

 最終回とか亡くなったとか、辛気くさい(←関西弁?)話題が続いたので、ここはスパイシーなコミックスを一発。

 『とめはねっ!』は以前から取り上げたかったお気に入り。最近流行りの?文系クラブものの1つで、ここでのテーマは“書道”である。主人公、帰国子女の大江縁(ゆかり)はこれまた最近流行りの草食系男子、それに柔道の天才少女望月結希や書道部の面々それぞれのキャラ立てよろしく物語は展開する。

 ライバルや勝負も描かれはするのだが全体に最近流行りの(こればっか)「ゆる系」というか、熱血に向かいそうで向かわない、はずし気味の展開。とはいえ登場人物いずれもが口は悪いがそれなりにまっすぐですがすがしい。

 本作はただオススメするのが正しいあり方で、詳細な内容紹介や分析なんぞ余計なお世話。肩の力を抜いてどうぞお読みください。
 もちろん書道についての薀蓄も満載で勉強になるし、単行本の巻末ではコマの中で登場する作品群が、読者からの投稿作品だったり、どこそこのたいへん偉い先生の作品だったりと種あかしされてそれがまた楽しい。

 なおこの『とめはねっ!』はNHKのドラマにもなっていて、現在放送中。NHKなのでキャラの描き方がやや生真面目、原作はもっとずっとファンキーでクールだ。ただ、ドラマのほうは、3回めあたりから細かい設定が原作を踏み外して、この後油断がならない。

 さらに横道にそれるが、『とめはねっ!』が話題になる一方、最近は高校生による集団の書道パフォーマンスも評判になって、聞くところでは映画化も進められているらしい。書道はブレークするのか。もしブレークするならコミックの『とめはねっ!』の作品世界がそうであるように、書道の先生、書道店店主、祖父母といった成人、老人たちと若者たちが同じ話題で突然向かい合うことになる。なんだか珍しい風景が全国で見られそうで、それは悪くない。

Image0031_2  こちらの写真は、映画のモデルでもあるという三島高校書道部の地元、愛媛県四国中央市の商店街。『とめはねっ!』の単行本第4巻で描かれている場所もこのあたりではないか。写真は1年前の冬のものだが、高校生の書の作品が当たり前のように商店街のアーケードに飾られて、肩肘張らないありさまがとても気持ちよかった。Image0011_3

(追記)NHKのドラマは第4回にいたって原作の風味を失い、愁嘆場の連続ですっかり朝の連続ドラマ。制作スタッフたちはおそらく何を流し込んでも同じものしか作れないのだろう。乾いた残酷さを笑いにくるんで連発する原作コミックスが、実は本当にリアルな青春の秀作なのだと再認識した次第。

2010/01/24

追悼 浅川マキ

【かもめ かもめ 笑っておくれ】

 マキも死んでしまった(「死んじまった」、と言うべきか)。

 これも70年代のことだが、池袋にしけたスナックがあって、そこのジュークボックスには野坂昭如の「おんじょろ節」やストーンズ「黒く塗れ」に並んで浅川マキの「夜が明けたら/かもめ」も当たり前のように入っていた。毎晩通った僕たちは、大げさでなく、そのメロディを何百回も聞いたと思う。とくに「かもめ」が好きだった。

 もう30年以上前のことなのだが、去年や一昨年のことよりよほど鮮明に思い出せるのはなぜだろう。
 酔って、ゲロして、途方に暮れて、ただ無闇に濃密だったあの頃。

 芳醇な時代が枯れて、幹の皮がはがれるようにみんな黙って死んでいく。

 かもめ かもめ さよなら あばよ

2010/01/20

追悼 投手、小林繁

 小林繁(巨人、阪神、現日ハム一軍投手コーチ)が亡くなった。悲しくてやりきれない。

 報道は江川とのトレード話ばかりだ。納得がいかない。確かに大きな事件ではあったが、それ以前に、彼はその当時(1970年代後半)、事件の前も後も、最高の投手の一人だったのだ。もっと(被害者としてではない)投手としての小林繁を語ろう。

 小林のピッチングフォームは独特だった。
 (独特、という点だけをみれば、匹敵するのは村田、野茂くらいだろうか。)

 グラブを包み込むように左膝をいったん胸の高さまで上げ、モーションに入り左足を地面すれすれまで下ろしたところでいったん腕と左足すべての動きを止める。しかし、右膝はその間も沈みつつ圧力をため、左足を前に踏み出すと同時に右腕を一気に振り出す。内にこもる(開かない)前半に対し、投げた後は体全体がはじけるように解き放たれ、軸足は外に大きく踏み出し、勢いあまって帽子が落ちることも珍しくない。

 右腕の軌跡はいわゆるサイドスローなのだが、その直前の上体の角度と「ため」が極めて独特で、およそ誰のフォームにも似ていない。

 投球の組み立てはかなり攻撃的だった。速球が抜群に速いわけではないのだが、サイドスローによく見られる変化球でかわすタイプではなく、内角高めのストレートをバチンと投げ入れる印象が強い。ただ、プロ野球選手としては珍しいほどスリムな体つきもあって、さすがに「ねじふせる」という印象ではない。
 (おそらく「ねじふせる」という言葉がよりふさわしいのは、投げ終わると同時に三振を確信してダグアウトにもっさり走り始めることのできた江川のほうだったろう。)

 小林がモーションを止めるのは、単に投球動作を中断してバッターのタイミングをはずすためではなく、全身の筋肉をいったんぎゅっと押し縮め、それから一気にバネを解き放つため、そんなイメージがあった。現在なら二段モーションで注意を受けるものかもしれない。当時の日米野球に小林が登板したときも、大リーグの審判にボークを取られるのではないかとテレビ桟敷で心配したものだが、そうはならなかった(親善試合だったから、ということはあったかもしれない)。投球動作そのものは止まっていないため、と解説が説明したとき、妙に嬉しく思った記憶がある。

 そののち小林は阪神に移籍したが、巨人に在籍した当時から(その球団には珍しく)しなやかな野獣の印象があった。野獣が獲物を前に静かに身を潜め、それから一気に飛び掛かる。それから、曲がった帽子を整えるダンディなケモノ。

 139勝17セーブ。名球会に招かれる記録ではない。だが、誰より記憶に残っている。

 心より冥福を祈る。

2010/01/11

最高のチャイコフスキー、大味な展開 『のだめカンタービレ 最終楽章 前編』

 毒を食らわば皿までバリバリ、というわけで実は映画版『のだめカンタービレ』は昨年12月、公開日の翌日には観てきたのだが、こちらに感想をアップするには少し間をおいた……諸手を挙げて褒めちぎることはできないためである。

 演奏シーン、これは素晴らしい。
 指揮者や演奏家たちがプロの音楽家でないことが信じがたい、感動的なコンサートが、音響的にはもちろん、映像的にも素晴らしいカット回しで上演される。個人的にはオーディションシーンが好きだ。

 一方、ドラマとしては……テレビドラマ、とくに2008年1月に放送されたいわゆる「新春スペシャル in ヨーロッパ」の前後編があまりによく出来ていた分、細部へのこだわり、ことにギャグのボリューム、切れについてはどうしても物足りないものがあった。まだご覧になってない方の興趣をそぐのは本意ではないので詳細には触れないが、たとえばウエンツやベッキーらの登場するシーンがテレビ版に比べてもあまりにも凡庸。CGを駆使したのだめのはっちゃけぶりも、だから何、といえば何。テレビ版のCGは薬味のようにちょっぴり使われるからこそ利いたのに。
 それだけではない。「in ヨーロッパ」には、主人公の二人がそれぞれ内的なジレンマ、葛藤を持て余し、苦しみ、互いの力を得て(あるいは頼ることを断つことで)その問題を突破するという、いわば芸術家としての真摯な成長物語があった。映画版にもジレンマはあるのだが、外的な要因に過ぎず、とくに千秋はスーパーマンとしてことにあたって、問題を克服できてしまう。
 原作どおりなのだからしようがないといえばしようがないのだが、大画面、豪華なパリの風物や劇場を背景に、いかにも大味なストーリーになってしまったのは残念。

 しかし、最初にも書いたとおり、演奏シーンの出来のよさといい、決して悪い映画ではない。後編も、公開されればすぐシアターに走るつもりだ。すでに恋も音楽性も成就してしまった恋人たちよりも、シュトレーゼマン、竹中直人の凄みが見たい。

« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »