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2009/09/22

暗い坂の底に沈む 『黒い玉 十四の不気味な物語』『青い蛇 十六の不気味な物語』 トーマス・オーウェン、加藤尚宏 訳 / 創元推理文庫

136  【「勝ったものが雌豚を見に行く権利を貰うのさ」】

 2冊ともに表紙にはルドンの黒い絵が遣われているが、よい選択だと思う。
 ルドンのざらついた(過度にぬめぬめしない)気色悪さ、いがらっぽい説明のつかなさ、そんな手触りがこの作品群と低音でノイジーに共鳴している。

 『黒い玉』には比較的オーソドックスな怪談、『青い蛇』には明確なオチや説明のない、ただ無闇に不条理で暗い話が、主に束ねられている。代表作とされる「青い蛇」にせよ「雌豚」にせよ、何が起こっているのか(起こっていないのか)、なぜ登場人物はそうするのか(しないのか)、最後に何がどうなってしまったのか、きちんと書かれているのにわからない。ただ、うっかりタールに触ってしまったような苦味が残る。

 2冊合わせて30の短編の中には、「~は実は死んでいた」「~は死体だった」という同工異曲が少なからず含まれている。しかし、同じネタを読まされた気がしないのは、象徴主義的技法を駆使したそこにいたる不快で濃密な展開のせいで、最後のオチにいたる前にこちらが十分斜めにずり落とされているせいである。

 作者はベルギーの代表的な幻想、怪奇小説家の1人。
 1910年、ベルギーの古都ルーヴァンに生まれる。「26歳のときに発病。精神病院を出たり入ったりして困窮のうちに第二次世界大戦混乱期に34歳で夭逝」……とか紹介できると実に似つかわしいのだが、実は2002年に91歳で亡くなるまで、トーマス・オーウェンの筆名で旺盛に怪奇幻想小説を発表し続ける一方ステファン・レイなる美術評論家として数千篇の美術批評を倦まず弛まず執筆、否、ここまではともかく、本名のジェラルド・ベルトはベルギー製粉業界の大立者で、わずか数年の間に「ベルギー製粉業総連合会会長」「ムーラン・デ・トロワ・フォンテーヌ社社長」「欧州経済共同体の製粉業協会連合会会長」「国際製粉業協会会長」そして「農業・食品工業連盟会長」に歴任。大実業家としての会議、出張の合間にこれら「不気味な物語」を書いていた……いや、いや、待て。普通は、そういう世界に入れない、入っても活躍できない者が薄笑いを浮かべて怪奇幻想にひたるのではなかったか。

 精神に巣食った濁った墨汁を、すべてこれら怪奇小説の形にして吐き出し、残る健全な肉体で元気に実業界を飛び回ったのなら……この作者そのものが一個の妖怪なのかもしれない。

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