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2009/07/04

腐った箱のキャベツ集団 『「朝日」ともあろうものが。』 烏賀陽弘道 / 河出文庫

692 【「朝日ともあろうものが」「天下の朝日」「エリート集団・朝日」】

 2001年の秋、廉価なブロードバンド環境がようやくこの国に普及し始めた頃、たまたま知り合いのマスコミ人からインターネットについて電話取材を受ける機会があった。その中で「5年もしたら朝日のような大手新聞はほぼ壊滅しているはずなので」といったことを口にすると、相手は当初の慇懃な口調を「ふん、ふふーん」といかにも不快そうな相槌に変え、最後は黙って電話を切ってしまった。
 考えてみれば彼も大手マスコミの社員。たいへん申し訳ないことをした。僕の予測は間違っていて、朝日新聞は2009年の現在もまだ存続している。

 でも、箱の中のキャベツはみんな腐っているんですよ、と、八百屋の丁稚が内情暴露してみせた本が本書『「朝日」ともあろうものが。』である。

 いろいろな意味で、細部まで面白い。
 「朝日は偏向していて」等々のイデオロギーまわりはまったく触れられていない。「押し紙による実売数隠蔽」という当節流行りの話題もない。本書で扱われているのは、著者本人の「まえがき」に次のようにわかりやすく列挙された類の、現場の諸相である。

 経費やタクシー券をチョロまかす同僚であり、記事の捏造を部下に強要するデスクであり、「前例がない」と言って原稿をボツにする上司であり、社用ハイヤーで奥様とフランス料理を食べに出かける幹部なのだ。

 それも、警視庁クラブキャップが情報の見返りに要求してきたものは何、とか、「九州・沖縄サミット」で外務省がプレス向けに用意したお土産(総額二万円ほど)は、「百円ラーメン」の記事を捏造するために記者がしたことは、などなど、さすが元新聞記者、内容が具体的でいい。
 それぞれの真偽や是非、深さはさておき、全ページ、全行、巨大な新聞工場の内側がいかに腐っているかを描いて隠れもない。社用ハイヤーで奥様とフランス料理を(しょっちゅう?)食べに出かけるのは、あの朝刊一面の下のほうの、駄文で知られる名物コラムの著者だそうである(短いわりには論旨と展開がわかりにくいので、大学入試でもよく取り上げられる)。まぁ、天声人語の著者が社費で行楽三昧であることなど、読んでいれば外の者にもおおよそ見当のつくことではあるが。

 さて、プライバシーとてない地方の現場から名古屋市役所の記者クラブ、雑誌(アエラ)編集部まで、さまざまなディテールで朝日新聞の内実を懇々と耕すようにまとめてくれた本書ではあるが、実は、申し訳ないことに一番面白いポイントはそこではない。これほどに朝日の内実を叩いておきながら、実は著者こそが、市井の読者などよりよほど朝日新聞をなにやらリッパなモノのようにあがめている、それがひきつった傷のように読めてしまうことだ。
 たとえば本文の

 朝日に限らず、日本の新聞はどこも「不偏不党」をポリシーとして内外に宣言している。

 企業のポリシーなんぞ普通は誰も信用しない。そんなものが信じられるくらいならこの世に不祥事はない。

 読者が新聞を読むとき、暗黙のうちにこう考えているのではないか。新聞は「知る権利」という「公の利益」を負託されている。だからこそ「公器」を自負している。よって、そこに並んでいる記事は読者への影響や関心だけを基準にニュース価値を判断した結果である。朝日新聞社が、企業としての利益のために記事を特別に大きくしたりする「公器の私物化」はない。

 読者がこんなふうに見ているなどと、本気で思っているのだろうか。

 こちらは報道のために記者クラブにいるのである。読者(納税者)の知る権利のエージェントなのである。

 記者クラブがそのような機能を果たしておらず、むしろ大手マスコミが権力の走狗となるリスクが高いことについては、今さら言われるまでもない。

 なぜ人々は「朝日ともあろうものが」「天下の朝日」「エリート集団・朝日」というふうに、朝日を持ち上げたがるのか。

 いつの時代の話だろう。インターネットで多少モノを見る目のあるサイトやブログで、朝日(に限らず大手マスコミ)がどういう目で見られているか、わかって書いているのだろうか。

 死亡事故取材は「命」「死」をぞんざいに扱っている。

 ぞんざいなのは死亡事故取材に限らない。新聞記事の大半は、発表元(通信社、警察、官庁、企業等)から提示された情報を書き改めた程度のテキストにすぎない(インターネットの普及で、同一のことがらについて複数の新聞の記事を比較しやすくなり、新聞というものがいかに自前の言葉を持っていないか、誰にでも簡単に検証できるようになった)。
 当然といえば当然のことで、専門誌の書き手なら経験を踏み、研鑽を重ねてようやく一人前になるかどうかなのに、新聞記者はジャンルを問わず専門家一人、裏をとってせいぜいもう数人程度への取材で記事を書いてしまう。各界のスペシャリストを納得させる記事がそう簡単にでき上がるはずがない。

 そして、とどめは巻末の「文庫版あとがき」だ。
 最近の朝日新聞のページ構成が、経済危機のあおりを受けて広告面でも苦戦し、かつてなら断っていたであろう通販や健康食品、はてはパチンコや消費者金融で埋められていることを受けて、

 いくら記者が懸命に取材した記事が載っていても、尿モレパンツの隣では惨めに見える。少なくとも「クォリティ・ペーパー」ではない。

 馬脚を露すとはこのことだ。著者はここで、「知る権利」という「公の利益」を受託された「公器」は、「優良企業」の広告しか載せてはいけないと言っているのだ。尿モレパンツの隣では、記事が「惨め」だというのだ。これを大手マスコミの思いあがりと言わずしてなんだろう。
 当たり前のことだが、ジャーナリスムの本領はそんなところにはない。B級新聞、三流エロ雑誌であろうが、真実を記した記事には真実が顕れる。発表の場、隣の広告ジャンルによって変わる評価など、何ほどのことだろう。

 朝日新聞を退職し、これだけ現場の腐敗を描き上げることのできたこの著者にしてこの勘違い、この思い上がり。
 朝日病の根絶はそれだけ難しいということか。

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