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2009/06/10

無闇に労作 『バガボンド』 井上雄彦 / 講談社モーニングKC

【(手元に単行本がないので引用、画像ともなし)】

 これだけ売れた作品にどうこう言ってもしょうがない。逆にいえば一人二人ネガティブな読み手がいてもバチもあたるまい。
 良作、労作だとは思うが、とくに面白いと思わない。

 本作について世の書評欄が繰り返し指摘するのが「圧倒的な画力」ということだ。否定はしない。筆を利用した描線は、他の追随を許さないほどリアルで、……だが、「リアルで」と書いたところで、次に書くべきことがない。
 もし、この作品からこの描写力を引き算したら、そこに何が残る。結局、吉川英治の原作の膂力、遡れば講談などで脈々と練り上げられてきた《宮本武蔵伝説》の魅力か。無論、それ以外にも、聾唖の天才剣士、佐々木小次郎の魅力、剣と立身の虚実にもがく若者たちの姿など、本作独自な設定もあるにはある。しかし、一流のスポーツマンガならその程度の味付けはなされて普通だ。逆に勝負モノとみるとテンポが遅い、ストーリーにメリハリがない、独白がくどい。主人公はじめほとんどの登場人物は、ビビる、斬られる、ビビる、斬る、このバリエーションを繰り返すばかりで能がない。絵をはがして読んでみるとそんなものである。

 肝心の「圧倒的な画力」にも疑問がある。
 本作は「どのコマもそのまま絵画作品として評価に値する」と持ち上げられているが(それも否定はしない)、つまりは大半のコマが静止していて、剣士のエネルギー移動を描けていないということでもある。単行本が手元にない今、過去の印象的な場面を思い出そうとすると、登場人物が強敵と対峙して逡巡する場面、切り捨てられて倒れた浪人など、など、剣のふるわれる瞬間の前あるいは後ばかりだ。
 作者は本作において意図的にマンガ的手法、いわゆる効果線、土ぼこり、汗の飛沫などを避けているようだが、その結果、武蔵も小次郎も吉岡一門も、まるで動かない。動いても歌舞伎役者のような見得ばかりだ。たとえば小次郎の剣速のすごみは、対する剣客の喉元にひょいと木切れをつきつけ、相手が絶句するシーンとして描かれる。戦闘としてはすでに止まっているのだ。
 極端な比較で申し訳ないが、サザエにイタズラを見とがめられたカツオのほうがよほど速い。よく動く。たとえば、長方形のコマの中、やや左下に横に三本線を引き、その右上に「ピュッ」という文字を描いてみよう。ついでに三本線の右に2、3、土ぼこりを表す半円を描いてみる。走り去ったカツオの出来上がりである。それがマンガの技法だ。マンガというのは、医学や工学と同じく、他者に伝えうる、再現性のある技術と効果の総体であり、作家の個性はその外側を覆うようにある。『バガボンド』はマンガ的手法を遠ざけた結果、勝れた、しかし動きを失った絵巻物になってしまってはいないか。

 かつて、『バガボンド』と同じように「圧倒的な画力」で大きな話題となったマンガ作品があった。1980年代前半に少年サンデーに連載された村上もとか『六三四の剣』である(こちらもムサシなのはたまたま)。東北の少年剣士の成長とライバルとの対決を描いた純度100%の剣道マンガ(なにしろ父も剣士なら母も剣士、ライバル父子はもちろん恋愛すら剣道を通してしか語られない)である。しかし、その執拗なまでの描線は週刊連載とは思えないほど細密かつ迫力に満ち、当時は新聞などでも「マンガの到達点」などと妙に高揚した持ち上げ方をされていたものだ。
 その『六三四の剣』だが、現在ではあまり省りみられない。
 画力ばかり過剰で、おそらく何かに欠けていたのだ。たぶん、『バガボンド』と同じように。

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