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2009/05/12

久々の復刊を言祝ぐ 『弁護側の証人』 小泉喜美子 / 集英社文庫

561 【わたしたちは、面会室の金網ごしに接吻した】

 古い探偵小説やテレビのサスペンス劇場にいくらもありそうな設定と展開に「ふふん、それで?」とページをめくるうち、後半のあるところまでくると……思わず「ちょと待てぇ、おい、こら」と少々上品とは言いがたい声がもれてしまう。見事してやられたことに憤懣やる方ないが、人目に隠れてページを戻してみると実は決して騙されたわけではなく、こちらが勝手に読み違えただけではないかと悟り、もうグルグルうなり声を上げるしかない。

 小泉喜美子といえばハヤカワ・ミステリ文庫のP・D・ジェイムズやクレイグ・ライスの翻訳者としてお世話になっている名前だが、実は小粋な都会派ミステリをいくつも書き残した先鋭的な作家でもある。
 美しく洗練された海外ミステリを愛し、返す刀で犯人あてやトリック追求ばかりの型にはまってしまった日本のミステリに対しては山猫が歯牙にもかけぬ扱いだった。当然、当時の推理文壇との軋轢もただならぬものがあったと推察される。

 『弁護側の証人』(1963年)は、その小泉喜美子の処女長編にして代表作。タイトルがクリスティの法廷劇『検察側の証人』の(文字通り)翻案であるあたりもこの作者らしい。
 主人公は美人で強気な元ヌード・ダンサー、彼女は資産家の御曹司と結婚して豪邸に移り住むが、そこでは(当然のように)彼女への偏見と悪意が満ちあふれる。そしてその邸宅で義父の資産家が殺害され……。

 元ヌード・ダンサーが若妻として白い目で見られるという設定、登場人物それぞれの濃さ、熱っぽいセリフ展開、それらはいかにも「昭和」の手触りであり、現時点からみればさすがに古臭い言葉遣いも目につく。
 しかし、作品の構造は見事なまでにアクロバティックで、叙述ミステリ流行りの当節の新作に交えてもまったく遜色ない、いやむしろ手際のスマートさと骨太な構成という相反する要素において堂々勝っているように思われてならない。
 古今のミステリの名作の数々が「その当時としては斬新だったに違いない」と留保付きの感興を招くのと違い、死体と油断して皮膚を切ったら動脈から血が吹き出したような鮮烈さだ。

 この『弁護側の証人』は久しく品切れ状態が続いていたが、この4月に集英社文庫として30年ぶりに装丁を変えて再版された(添付画像は1978年発行の旧版)。まずは目出度い。静かに祝杯をあげよう。

 小泉喜美子自身は「1985年、酒に酔って新宿の酒場の階段から足を踏み外して転落し、脳挫傷を負い、意識が戻らぬまま外傷性硬膜下血腫で死亡した。」(Wikipediaより)
 亡くなり方も、一から十まで昭和の人だった。合掌。

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