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2009年3月の2件の記事

2009/03/14

上目遣いのパラダイス 『女王様がいっぱい』(全5巻) イワシタシゲユキ / 新潮社BUNCH COMICS

063_2   【罰… 受けなくて… いいんですか?】

 イワシタシゲユキ『女王様がいっぱい』は、週刊コミックバンチ 2008年4・5合併号から2009年10号にかけて連載された作品。

 作家は新進、掲載誌は後発。登場するは少女マンガの駆け出し編集者たる主人公一人を除いて全員若い女性たち。なにかときわどいエロシーンを呈してB級テイスト横溢。ならばB級に徹すればよいものを、純愛、ワキフェチ、主人公の文学趣味、マンガ家たちの渇望、三角関係、編集者の使命感など、あとからあとから食材が盛り込まれ、生煮えの鍋の中はおよそバランスが悪い。案の定、たとえば主人公の文学趣味は後半まったく生かされず、謎の編集長は最後まで姿を現さず、三角関係の決着にも説得力がない。B級にしても失格だろう。
 世間の評価は、単行本5巻の完結した現時点でAmazon.co.jpにカスタマーレビューの1本もない、この一事でおよそ見当はつく。さほど増刷の声もかからず、話題にもならず、青年誌にしてはエッチな連載マンガとして3ヶ月もすれば誰もが忘れてしまうだろう。多分、きっと。

 

 いや、待て。俺は決して忘れはしない。

 『女王様がいっぱい』では次々と挿し出される女たちの「目」が爆裂的に魅力的なのだ。
 それは白く見下ろす半眼だったり、氷のようにえぐる横目、赤く睨む目、刺すような上目遣いだったりするのだが、どの「目」もたっぷり豊満で、淵のように瑞々しく、焼きプリンのようにとろけて胸を満たす。

 マイナー、人には奨めづらいようなエロマンガにして、この描写力。
 嗚呼、マンガとはどこまで豪奢を嘗める舌なのだろう。

 夜。外は雨と、風。
 だが、温かいソファの上は今、至福の時だ。

2009/03/01

悠揚として迫らず、泰然として自在 『若さま侍捕物手帖(1)(2)』 城 昌幸 / ランダムハウス講談社 時代小説文庫

835_2 【ハッハハハ!】

 「出来」と書いて「しゅったい」と読むことがあります。
 その意味の一つには、何か事件が起こること。岡本綺堂の『半七捕物帳』など読んでいると、ときに「その繁昌の最中に一つの事件が出来しました」といった味わい深い口運びが現れて楽しませてくれます。
 「出来」のもう一方の意味は、何かができ上がること。最近はめったにお目にかからなくなりましたが、出版物の広告に「増刷出来!」などとあるのがそれです。
 今回は『若さま侍捕物手帖』出来! のお話です。

 先に取り上げた『半七捕物帳』、佐々木味津三『右門捕物帖』(むっつり右門)、そして野村胡堂『銭形平次捕物控』、この三作を並び称して「三大捕物帳」と言います。ボリュームにおいてやや見劣りする『右門捕物帖』の代わりに横溝正史『人形佐七捕物帳』を推すこともあるようです。
 最近では、上記四作に城昌幸『若さま侍捕物手帖』を加えて「五大捕物帳」とすることが多くなっているようです。
 しかし、最初の四作がそれぞれ文庫や全集で再版が重ねられているのに比べ、どういうわけか若さま侍シリーズは不遇をかこってきました。

 『若さま侍捕物手帖』は1980年代半ばに春陽文庫から『双色渦巻』『五月雨ごろし』『人化け狸』『天を行く女』『虚無僧変化』の長短篇集が発行ないし再販されましたが、いずれも現在では新刊としては入手不可。1990年に光文社文庫から長編『百鬼夜行』の上下巻が出ましたが、これも品切れ。その後2003年に中公文庫と光文社文庫から相次いで傑作短篇集が発行され、これらは現在でも入手できますが……昭和14年(1939年)に「週刊朝日」誌上に「舞扇三十一文字」で登場して以来、30有余年にわたって書き続けられた人気シリーズが、ジュンク堂池袋本店を上から下まで探しても文庫本2冊しか手に入らない! というまことに侘しいありさまがここしばらくずうっと続いていたのです。

 ──理由はわかりません。捕物帳という内容が古臭い、ということではないでしょう。本を読む世代が高齢化したことや、NHK大河ドラマの久々のヒットによるものか、書店では時代小説の平積みが目立ちます。また『若さま侍捕物手帖』の語り口は、昨今発表されたと言われても違和感がないくらい切れ味がよく、スピーディかつクールです。

 と、苛々を募らせてきた若さまファンにとって、昨年、今年は盆と正月がいっぺんに来たような(…古っ…)目出度くも有り難い文庫の発刊が続いています。まさに「出来!」です。
 
  『若さま侍捕物手帖』(徳間文庫 中編「紅鶴屋敷」「五月雨ごろし」収録)
  『人魚鬼-若さま侍捕物手帖』(徳間文庫 長編)
  『若さま侍捕物手帖』(1)(2)(ランダムハウス講談社時代小説文庫 傑作短篇集)

 両社ともこの後も続刊を予定しているとのこと。もちろん、これでも、著者曰く「短篇だけで二百五十篇(中略)、或は、三百に近いかもしれない」、ほかに中・長編が約二十篇とあのWikipediaでさえ全体像をまとめきれない膨大な若さまシリーズの、まだ本当にごく一部にすぎませんが、それでも一昨年までの旱魃状態に比べれば夢のような恵みの雨です。

 さて、『若さま侍捕物手帖』の主人公「若さま」とはいったい何者なのでしょうか。作品中では最後まで氏素性は明らかにされません。幕府の大物と知遇があるなど、随所になにやら高貴な身分であることが暗示されているのですが……(捕物帳と称される時代小説では、通常主人公は同心、目明し、御用聞きのいずれかですが、若さまはそのいずれにも属しません)。

 江戸は柳橋、船宿「喜仙」の居候にして、いつもは「床柱に軽く背をもたせかけて右の立膝、前に徳利を乗せた黒塗り高脚の膳部を控え、楽しそうにちびりちびりと盃をあげ」、この「喜仙」の一人娘で明けて十九になった「おいと」のお酌を相手に無駄話。そこに御用聞きの遠州屋小吉が不可解な事件を持ち込んで……というのが毎度おなじみのパターン。
 若さまはどこまで本気やら、小吉の話に「ハッハッハ!」と笑って春は花見、冬は雪見にごろりと寝そべり、気が向けば「どれ」と出かけて、いつの間にやら快刀乱麻、事件は解決してしまいます。

 添付の画像ではなにやらお侍たちが切り結んでいますが、若さまはこんな無粋なことは決していたしません。「酒は灘の……」とふらつきながら、
 「若さま、どちらまで?」
 「ぶらぶら」
 「な、なにやつ!」
 「物好き」
 「お武家様、どうしてここへ…」
 「見物」
そのくせ、剣の達者な悪人が背後から切り込もうにもすきがなく、ただもう
 「ハッハッハ!」

 バロネス・オルツィ作『隅の老人』に想を得たというアームチェア・ディテクティブかと思えば、長編では東海道、中仙道とすたすた長旅に出ることいとわず、巨悪、こそ泥、怪談まがいとあらゆる難事件を解決して爽快です。

 作者城昌幸は城左門の名で詩人としても知られる人物。日夏耿之介主催の「奢霸都(サバト)」に参画したというのですからこれはハイカラです。
 『若さま侍捕物手帖』は「痛快」とか「春風駘蕩」とかよく評されますが、同じ「痛快」「春風駘蕩」でも山手樹一郎などとまた味わいが違うのは、詩人として磨かれた言葉に対する細やかなセンス、あるいは西欧文学への趣味嗜好が背景にあってではないかと推われます。説明に走らず、無駄を切り捨てたショートセンテンスで「こく」より「きれ」を重視し、濁りのない、颯爽とした作風を最後まで保ちました。

 続刊は3月の初旬。ひとつ若さまを気取って黒の着流し、ふところ手でぶらりと本屋をのぞいてみましょうか。
 「ハッハハハ!」

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