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2009/02/17

追想のアンドレ・ブルトン その一

670 ウィキペディアふうに記すなら、
《この「アンドレ・ブルトン」は、フランス文学に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています》
といったところでしょうか。
だらだらした文章ですが、お時間のある方はご笑覧ください。

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1970年代の日本で、シュルレアリスムという文芸思潮がブームになったことがありました。
ブームといっても、パンダやユリ・ゲラーや紅茶キノコに比べればささやかなもので、せいぜい書店の海外文学の棚にコーナーが設けられる程度のものではあったのですが。
最近になって文庫化された(誰が読むのだか想像もできない)シュルレアリスム関連の書籍には、その当時に出版されたものが少なくありません。

シュルレアリスムというと、一般に、ダリの絵のようなわけのわからない絵画作品をイメージされる方が多いのではないかと思います。もともとは第一次世界大戦の後、ダダという従来の芸術や価値をとことん壊しちゃいましょうというムーブメントがあり、それに次いで現れたものでした。

ダダにおいては、たとえば音楽でいえば、帽子の中に五線譜に書いた♪をちぎって入れておき、無作為に取り出して、それを順番に演奏する、といったパフォーマンスがなされたそうです。作曲するという行為からとことん意味や意識を剥ぎ取ってしまおう、という考え方ですね(ちなみに、説明のために持ち出しましたが、ダダ、シュルレアリスムともに「音楽」にはほとんど敬意を払っていません)。

ダダはルーマニア出身の詩人トリスタン・ツァラ(1896-1963)らが発案したと言われていますが、なにしろやることが無茶苦茶なので、歴史的な意義はともかく、素晴らしい作品が残されているわけではありません(ツァラの詩も、フランス名詩選に選ばれるといった形での評価はされていません)。
近代兵器による世界大戦によってそれまでの世の中のいろいろなルールが崩壊した時代に、芸術の分野でもリセットボタンが押された──と、そう考えれば、興味を持ちやすいのではないかと思います。

さて、後発のシュルレアリスムは、「なんでもご破算」のダダに比べると、フロイトのいう無意識から言葉を繰り出したらどうなる? とか、無関係なものを結びつけたらその効果は? など、もう少し意図、志向性のあるものでしたし、また過去のあらゆる芸術作品からシュルレアリスム的なものを見出しては評価する、という体系的な面も持ち合わせた運動でした。

その目指すところを無理くりざっくりまとめると、「既存概念や理性にとらわれず、思考を自由に解き放つことによって、現実に内在する『より高い次元の現実(超現実)』を再発見し、新しい真の人生を達成する」、といったものとなるようです。ここだけ読むと、どこかの新興宗教の教義のようですね。
とまれシュルレアリストたちは、そのために、たとえば、意識下の赴くまま高速にペンを走らせる「自動記述(オートマティスム)」、事物の意外で唐突な出会いによる効果「デペイズマン」、造形美術上の手法である「コラージュ」「フロッタージュ」「デカルコマニー」などを発見、考案し、実践していくことになります。

シュルレアリスムは、アンドレ・ブルトン(1896-1966)という人物が中心となって提唱、推進したものです。この人は言うならば相撲協会理事長と横綱審議会と大関(うーん、横綱ではないんですね)を一人でやっちゃうような人で、パリで「シュルレアリスム宣言」という文章をぶち上げてシュルレアリスムを定義する、率先して実践(詩作など)もしてみせる、シュルレアリスムを広めるために徒党は組むけれど、ともかくメンバーも自分で選ぶ、首を切る。「君は以前はしっかりシュルレアリストだったのに、近頃はちっともシュルレアリストじゃないっ!」、シュルレアリスムの法王と呼ばれた所以です。

逆に、彼の著書において「この作品ときたらそれはもうとってもシュルレアリスム!」と評されたものは、作者にそんなつもりがなくてもシュルレアリストの作品として再評価されることになります。
たとえばロートレアモン伯爵(イジドール・デュカス)の『マルドロールの歌』という難解な作品は、その「ミシンと洋傘の手術台の上での不意の出会いのように美しい」というデペイズマンな一節がシュルレアリスムの精神を体現したものとして当時シュルレアリストたちにもてはやされました。しかし、デュカス本人は1870年、つまりブルトンたちが生まれるより前に亡くなっていますから、当然ながらシュルレアリスムなんて運動を知っていたはずないんです。

シュルレアリストたちに「発掘」され、祭り上げられたロートレアモン伯爵など実はまだマシなほうで、『シュルレアリスム宣言』には次のような一節さえあります。

  それぞれの成果を表面的に見るだけならば、ダンテや、全盛期のシェイクスピアをはじめとして、かなりの数の詩人たちがシュルレアリストとみなされうるだろう。

おやおや。

アンドレ・ブルトンらは、こんな具合に、過去の文学、絵画作品からどんどんシュルレアリスムのイメージを見つけ出し、いわば架空船団を組んで世の中に高らかに宣言し続けたのです。

この項、続きます。

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