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2008/09/21

名探偵、虚実とりまぜること悪魔のごとし 『硝子のハンマー』 貴志祐介 / 角川文庫

236【純子は、とうとう我慢しきれなくなって訊く。「何か、つかんだの?」「まあ、いろいろと」「もったいぶらずに教えて」】

 あまり大きな声では言えないが、ミステリは嫌いなほうではない。
 我が家の二階の納戸、一階のクローゼットからあふれ出し、寝室まで占拠しつつあるミステリ本の土石流。その土ぼこりの向こう、つり上がった目、尖った角……も、もちろん今のは目の錯覚に過ぎない。

 かくのごときミステリ好きではあるが、洋の東西、古今、快作駄作を問わず、納得がいかない、というより許しがたい場面がある。
 それは、巻も半ばを過ぎ、ワトスン役が名探偵に犯人の名を問うと、まるでそれが聞こえないかのように虚空を見つめた名探偵、「もう一つ、それさえ確かめられれば」などと考え込み、その合間に真犯人がどこかで新たな犠牲者の胸にナイフを突き立てる、あのおなじみの展開である。
 理解できない。そこで考え込むヒマがあるなら「犯人はこいつかこいつ、どっちか。まだ調べたいことがあるので逮捕は無理だけど、これ以上被害者が増えないよう見張っててください」と言えばすむことなのだ。探偵が「ほうれんそう」(報告・連絡・相談)と情報共有の責務さえ果たしていれば、新たな被害者が1つしかない生命を奪われることもなかった。中間管理職なら降格だし、経営陣だとしても株主総会か取締役会で責められること必定。探偵と役人だけが甘やかされてよい理屈はない。

 先の『生首に聞いてみろ』の際にも取り上げたが、名探偵なるもの、往々にして推理力をほこる割には目の前の犯罪に弱い。「問題を最後まで教えてください。そうすればたちどころに解いて見せましょう」、これでは足の速い連続殺人事件には対処のしようがない。というより、数少ない状況証拠からほかの誰も気づかない真相を暴き出すという彼の特殊技能をこそ、先の展開は否定する。情報を上げ膳据え膳でそろえてもらえるなら、あんたでなくとも犯人くらい特定できるわ、と世界中のレストレード警部たちも声を大に主張したいに違いない。

 要するに、あれだ、殺人鬼が跋扈跳梁するコテージで、一人シャワーを浴びてみたり湖に漕ぎ出したりするお嬢さん、それとどっこいレベルの振る舞いが「もう一つ、それさえ確かめられれば」展開なのである。死体が増えればサスペンスは増すかもしれないが、その分探偵は無能に見える。
 もちろん、探偵が自分の推理を常にオープンにワトスンに語ってしまっては大団円前に犯人が割れてしまう。ワトスンに、そして読者に手の内を明かさないなら、それは、探偵が「実は無能」以外の、何か別の理由が必要となるに違いない。それに回答はないのか。その回答に基づいたミステリはないのか。

 回答はある。「探偵は意地悪」、これだ。

 さて、本題。
 『硝子のハンマー』は、『黒い家』などで知られるホラー作家貴志祐介の(おそらく)初めての本格推理長編だ。
 『硝子のハンマー』は2005年に日本推理作家協会賞を受賞するなど、発表時期、評価、ボリュームなどいろいろな面で『生首に聞いてみろ』と酷似しており、角川もこの2作を「ペア」ととらえているふしがある。同月同日に文庫化された両作品には解説の変わりに貴志、法月両作家の座談会が相互のインタビューという体裁で掲載されている。
 だが、当然ながら2作で違う点も少なくない。その最たるものは、登場する探偵のキャラクター、そして資質だ。

 『硝子のハンマー』では、エレベーターの暗証番号や廊下の監視カメラなどによって二重三重に閉ざされた密室で上場直前の介護会社の社長が殺される。人に危害を加えないようプログラムされた介護ロボットを組み合わせたパズル趣味、探偵役に怪しげな「防犯コンサルタント」を持ち出すアイデアが秀逸だ。
 そしてこの探偵役の榎本径がまた、実に素敵に「意地悪っ」なのだ。彼は目的達成のためなら多少の逸脱など躊躇しない。「探偵」より今どき珍しい「悪漢」という言葉が似合うかもしれない。榎本は自分の推理の途中経過をよく喋るが、それには必ず裏に隠された目的がある。隠すときには隠す意味、隠さないときには隠さない意味がある。本作ではワトスン役としてそれなりに有能な女性弁護士、青砥純子を配しているのだが、榎本のさばきが巧みすぎ、相対的に相手にならない。
 探偵とワトスンのあり方は、こうでなくては。

 本作のメイントリックは魅力的だが、わかりやすいヒントも随所に用意され、読み手が推察するのも困難ではない。また、犯人も意外とか驚愕とかいう按配ではなく、どちらかといえば唐突な印象のほうが強い。つまり、本作ではハウダニット、フーダニットに強く焦点が当てられているように見えて、実はそうでもない。作者は事件の真相については、読者が読み当てることをむしろ期待し、そのためにヒントをばらまいた気味がある。
 では、読み終えてすぐ再読したくなるような本作の魅力はどこにあるのだろう。それはまさしく主人公の「探偵ぶり」、そのテイストではないだろうか。意地悪で悪漢、口は軽いが本音はうかがわせない……。
 探偵のあり方は、こうでなくては。

 そういえば、(まさしくこの貴志祐介が)法月綸太郎を評して用いた言葉が「マジシャン」だったが、あなたは「マジシャン」という言葉にどのような風貌を思い浮かべるだろう。魔法使い、魔術師、奇術師……いろいろあるだろうが、すんなり連想できるのは、黒の燕尾服、口ひげをくりんと巻いて、得体の知れない笑みを浮かべた、あの躊躇を知らないメフィストフェレス、「悪魔」の姿に近いものではないだろうか。

 「悪魔のように賢い」と人は口にするが「天使のように賢い」とは言わない。元来、天才的犯罪人を凌駕する探偵は、悪魔のごとくあるべきなのである。「しまった」「ぼくの責任だ」などと泣き言を口にする悪魔はいない。いたとしたなら、そんなのは悪魔としても探偵としても三流に違いない。

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