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2008/09/13

名探偵は泣き言の名手 『生首に聞いてみろ』 法月綸太郎 / 角川文庫

027_2【綸太郎は乾いた唇を噛んでうなだれた】

 横溝正史の生成した金田一耕助は、事件にかかわりながら殺人の被害者が増え続けるのを妨げられない探偵として知られている(『活字探偵団』(本の雑誌編集部編 / 角川文庫))。モジャモジャ頭をかきむしりながら石坂浩二が「しまったああ」と顔をしかめるシーンの数々を思い起こせばさもありなんと思う。
 これには異論もあって、『八つ墓村』『悪魔が来りて笛を吹く』など被害者の数がめったやたら多い一部の事件を除けば、金田一の成績はさほど悪くないという。
 だ、と、すると。ことは重大、金田一個人の名誉でことは済まされない。なぜなら、世の名探偵たちは、そろいもそろって、目の前の殺人を防げないこと、モジャモジャ頭の石坂浩二とどっこいどっこいだってことなのだから(ちなみに、『八つ墓村』も『悪魔が来りて笛を吹く』も金田一役を演じたのは石坂ではなかった。よほどまずい)。

 実は、金田一シリーズはまだいい。横溝の作品の多くにおいて、背骨となる主題は、閉ざされた村社会の因習、一族内の利害であって、犯人はその構造の虜となり、反逆者となってその社会に楔を打とうとする。探偵は起こった事象、その意味を後から読み手あるいは観客に説く道化にすぎず、だからこそ事件はことをなし終えた犯人の自殺によって落着し、語り役を終えた探偵はただ去っていくばかり。

 しかし一方、高度な完全犯罪を目論む天才的犯罪者との論理(パズル)合戦を主旋律とする本格推理作品において、探偵が目の前の事件を阻むことができないのはあまり望ましいこととはいえない。それは探偵が未成熟な受験者にすぎないこと、より直裁にいえば犯罪抑止にはまったくもって無能だということを曝け出すのだから。

 さて、本題。
 法月綸太郎の仕事は手堅い。ここでいう「法月綸太郎」は作中の同名の探偵のことではなく、ミステリ作家のほうだが(作中の探偵も本業はミステリ作家。ああ鬱陶しい)、デビュー当時から最近にいたるまで、文体、犯行を詰める論理ともに緻密かつ重厚な手応えは変わらない。のちに探偵の存在意義とかいう解けない迷路にはまり込み、根の暗い短篇や論評を主とするようになるが、その時期にしても文体、構成の手堅さは同世代のいわゆる「新本格派」の中でも図抜けていた。逆にいえば破天荒な勢いに欠け、作風に華がない、そういうことでもあった。
 『生首に聞いてみろ』はその法月綸太郎の久方ぶりの長編で、2005年の「このミステリーがすごい!」で堂々1位を取得している。文庫にして500ページをほとんど1つの事件で費やしているのだが、伏線から謎解きまで乱れず散らさず、みっちりと虎屋の羊羹を積んだような作風で、その犯行の特異性含め、評価を受けるに足る力作、労作であるといえる。

 ……だが、理屈ではそうとらえつつも、実際に読んでみるとこれが諸手を踊らせるほどには楽しめない。なぜだろう。被害者、加害者を含め、文字数を費やして丁寧に描かれている割にはなんら人間的厚みが感じられない(たとえば被害者はちっとも気の毒に見えないし、他の登場人物たちも被害者が亡くなったことをさほど嘆いていない。全員、ストーリーのための駒なのだ)、しかし、それだけではない。
 とどのつまり、探偵が、「情けない」のだ。何箇所か抜き出してみよう。

 目の前が真っ暗になった。…(中略)…それどころか、自分は取り返しのつかない大失敗をしでかした可能性がある。

 「(前略)…ぼくの手抜かりです。弁解の余地もありません」
 綸太郎は乾いた唇を噛んでうなだれた。目を伏せているのに、川島の視線を痛いほどに感じる。

 「(前略)…わずか一時間ちょっとの間に、彼女を救うチャンスが二度もあったのに。ぼくはそのチャンスを、二度ともつかみそこねてしまったんだ……」

 ご覧のとおり、「しまったああ」と叫んでモジャモジャ頭をかきむしる探偵と変わるところがない。問題は、この柔弱な探偵が、一方では推理を駆使して事件の真実を明らかにする二枚目探偵の役割を担っていることだ。バランスが悪いのである。それ以前に、そもそも、言い訳がましい。

 単行本のほうの帯の惹句で、有栖川有栖は「お帰り、法月綸太郎! 名探偵の代名詞よ。この事件は、あなたにしか解けない」、貴志祐介は「伏線をたぐり寄せるマジシャンの手際は、驚愕と納得を保障する。」とともに絶賛である。
 帯の惹句などしょせん本を売らんかなのコピーだから眉に唾々するにせよ、「名探偵」にして「マジシャン」が、演出でなく、先の引用のような情けない地をさらしてよいものだろうか?

 金田一は事件が終われば去っていくが、法月は留まって父親の刑事と同居。とことん踏ん切りの悪い探偵なのである。

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