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2008年8月の2件の記事

2008/08/25

名探偵はペダントリーがお好き 『古墳殺人事件』 島田一男 / 扶桑社文庫

564【要するに、天才的計画だよ。……この一事によっても、犯人のずば抜けた計画性が察せられるよ】

 古来「探偵」といえばペダンティック(衒学的)と相場が決まっている。
 念のため先に明らかにしておくと、「衒学」は決してほめ言葉ではない。「学問のあることをてらうこと。学問のあることをひけらかし、自慢すること」(広辞苑)の意であり、つまりはそういうことに過ぎない。

 扶桑社文庫の『古墳殺人事件』は、のちに部長刑事シリーズ、社会部記者シリーズなど軽快なヒットを連発する島田一男初期の本格推理の代表作2作(『古墳殺人事件』『錦絵殺人事件』)の合本である。
 発表年度が1948年、1949年と古いので、現在からみればトリックが機械的であるとか、遺書を暗号にするプロットが不自然であるとか、いろいろあるがここではとりあえずおく。

 問題は「衒学」だ。とにかく、事件に関係あろうがなかろうが、全編にわたって古今の学究文芸の知識のひけらかし、歳末商店街のちょうちん飾りのごとし。適当に(いや、冗談抜きに適当にページを)めくってみよう。

 やれ、死んだ考古学者が謎めいた詩を残せば

 「学者たちは、イクフナトンを人類最初の個人王だといっている。だがぼくは、かれを偉大なる宗教詩人だといいたい……。旧約の詩編の中には、イクフナトンの宗教詩を参考にしたものがたくさん見受けられる。先ほどの『ダビデの歌』もその一つだ。それはイクフナトンの『夜の詩』から出ている」

 船を模した建築物に信号旗が翻っていれば

 「今小牧さんが書いたのは『われ戦いを宣せり』という遠距離信号なんだ。そしてあのマストには、死の国への出港信号旗が翻っている」

 凶器が発見されれば

 「満州の北部からシベリア、特にバイカル地方にわたる地域の旧石器時代文化の特色だが、四千年ないし五千年前のものだね。骨角器の材料は原象、毛犀、野牛、馬などが多く使われているが、この槌は大きさから見て、まずサイだろう」

 どしゃ降りの雨に足止めをくらえば、あらしを描写するには音楽が第一と

 「古くは英国バジナルの『雷鳴』『稲妻』、またハイドンの『混沌』、シュトラウスの『アルプス交響曲』。しかし、なんといってもベートーベンだな!」

 降霊教団の霊媒が現れれば

 「みごとな心霊エナージー論と申し上げたいが、いささか、オリバー・ロッジ博士や、ゼームス・トムソンの二番せんじといった感じですなア!」

 被害者が気が小さく迷信深いと知るや

 「ときに、小原、ロンブロゾーが、極悪人の半数以上は寺参りが好きだ……、と述べていることを知っているかね」

 など、など、などなどなど。

 ジャーナリストとはいえ、少年向け新聞の編集長にすぎない探偵はなぜここまでペダントリーに走るのか。
 たとえばこんな考え方はどうだろう。このタイプの探偵の口癖の1つに、犯人を「天才的」と評することが少なくない。つまりは、こんなにも「学」のある探偵がさらに高く評価する犯行は、古今東西に類を見ないものだ……そういう構造である。

 しかし、ペダントリーはしょせんてらい、ひけらかしにすぎない。ひけらかしはそうと気づかれてしまえばそれだけのことだ。たとえば、本書の探偵は、ある局面で次のような述懐にふける。

 「英国の詩人テニソンは、ある殺人事件を見て、何かの偶然によっては、自分と罪人とが位置を取り替えていたかもしれぬ……、といっている」

 わざわざ「イノック・アーデン」の桂冠詩人を持ち出さねばならないようなことだろうか?(←このあたり、ちょいとペダンティックに)

2008/08/16

さよならヤングサンデー

379 【なにが「絶対保存版」】
 
 小学館「週刊ヤングサンデー」(以下ヤンサン)が、7月31日発売の35号をもって休刊となった。

 浮き草のマンガ誌が休刊廃刊の憂き目に遭うのは別に珍しいことでもなんでもない。
 そもそもヤンサン自身、同じ小学館の「マンガくん」、「少年ビッグコミック」(あまり知られていないが、あだち充『みゆき』、新谷かおる『エリア88』、小山ゆう『愛がゆく』などマンガ読みを動揺させた作品をいくつも残した名少年誌だ)のリニューアル刊行だった。20年間とはいえ、よくぞメジャーになり遂げた、と言ってもよいのかもしれない。

 ただ、今回の休刊がひどく唐突に見えたのは、たとえばはた目にもジリ貧明らかだった双葉社「漫画アクション」の誌面刷新時などに比しても、ヤンサンは山田貴敏『Dr.コトー診療所』、黒丸『クロサギ』など映像でヒットした作品がいくつも現役で、こと話題作にこと欠かないように見えたためだった。
 しかし、いくら話題作を提供しているとはいえ、広告収入の期待できないマンガ誌で公称20万部(実質12、3万部か?)はいかにも厳しい。
 書店、流通のマージンを引いて6割が入る、広告は表まわりでせいぜい200万円と仮定して、出版社に落ちる金が
   (300円×6割×12万部)+200万円=2360万円
 根拠薄弱な数字ではあるが、1号あたりで動く金がこれより多少上だったとしても、それで原稿料、印刷・製本費、グラビア撮影の出張費から小学館社員の高給まで賄うのは到底無理だったろう。

 とはいえ、ごく一部の長寿誌を除いて、マンガ誌の多くは、赤字による休刊、リニューアルを繰り返して常に自らをリフレッシュし、その都度新たな作品群を送り出してきたものだ。それがマンガというものの雑駁なパワーの源でもあった。

 だが、今回のヤンサンの休刊は、従来のマンガ誌の休刊とはどこか違う、マンガ産業そのものの凋落を表す事件のように思われてならない。
 若者の趣味の多様化、ことにポータブルゲーム機と携帯電話の普及がマンガを購買する層を削り続けているのは間違いない。問題は、テレビドラマやゲーム産業が、そのアイデアやストーリー、キャラクターを、彼らがまさに駆逐しているマンガに負っていることだ。ヘビが自らの尾を齧って齧って、だんだん丸まってしまう、そんなコンテンツの空洞化を思い浮かべてしまうのはおかしなことだろうか。

 にもかかわらず、マンガ誌をかかえる出版社がマンガを大切にしないこと、不思議というか呆れるばかりだ。

 ヤンサン休刊号を見てみよう。
 ヤンサンはもともとアイドルの水着グラビアに力を入れる雑誌だったが、休刊号の表紙はご覧のとおりグラビアアイドルのアップで、連載マンガは下のほうにただラインナップが列記されるだけ。過去現在の作品についての特集記事の類もなし。
 作家の大半は休刊についてごく最近知らされたらしく、話をうまく閉じることができない。
 巻末の告知では、『クロサギ』『イキガミ』『鉄腕バーディー』『土竜の唄』『とめはねっ!』『逃亡弁護士 成田 誠』『LOST MAN』『おやすみプンプン』『RAINBOW』という、いかにもヤンサンな連載陣がビッグコミックスピリッツに移行することが知らされる。これだけの作品が移って、スピリッツはそのカラー、オリジナリティを維持できるのだろうか。
 小学館はヤンサン掲載作品を軽んじただけでなく、一方のスピリッツをも軽んじているのだ。

 これから木曜日はどうしたらいいのだろう。
 別れに慣れてるわけじゃない……これは誰のセリフだったろうか。

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