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2007年4月の2件の記事

2007/04/16

届かないねーその充電,僕まで届かないね 「コミックチャージ」 角川書店

 
 3月20日,角川書店から隔週刊の青年コミック誌として「コミックチャージ」が発刊された。
 火曜日というコミック誌の隙間に対し,講談社「イブニング」が第2,第3週を埋め,この「コミックチャージ」が第1,第2週を埋めて,これで火曜日の通勤は万全,と思いたかったのだが,残念ながら創刊2号めにしてすでに急速に購買意欲が失せつつある。

 ……

 ……

 うーん,あれこれ,書いては消し,書いては消ししてみたが,要はコミック誌としての「志」を感じ取ることができないのである。

 ここ数年,青年コミック誌としてビビッドな魅力を感じ続けていられるのはそれはもう講談社の「モーニング」だが,この雑誌はなぜにこれほどと思うほどに「こだわる」姿勢を示してくれる。往々にして馬鹿げたテーマ,下手な絵の作品もあるのだが,「金」なり「剣」なり「政治」なり「ワイン」なり「素潜り」なり,一点狙いを定めたら「この作者と編集はほかのことが目に入らないのだろうか」と気になるほどそのテーマを掘って塗って描写しまくるのである。
 「ヤングサンデー」や「コミックバンチ」にも読んで楽しい作品はなくはない。が,雑誌まるごとで強烈なインパクトを感じる点において,「モーニング」は他誌を三馬身,いやそれ以上リードしていると言っていいだろう。
(かたや老舗の「ビッグコミック」系は,一度人気を得られた作品の反復,拡大再生産を好む気味があって,読み続けるという習慣からふっと離れるともはや戻る必然性がない。)

 他誌はさておき,「コミックチャージ」である。
 キャッチフレーズは“働く男を充電する”。キャッチフレーズなどどうでもいいのだが,それにしても「充電」。働くということは電池レベルのことなのか,と読めてしまうのがつらい。創刊1号,2号を見た限りでは,古いあちこちの雑誌で連載をもっていたベテランを集めてみた,というほか,なんら雑誌としての方向性を感じ取ることができない。また,登場人物(主人公)も全体に中途半端で,いろいろな職業についてはいるが,マンガらしく暴走しているのは本そういつ描く『神の手を持つ男』に登場する実在の脳外科医などほんの一部のみ。むしろ,嫁さんや周囲の知人に圧倒されて「たはは」なキャラばかりと言ってよい。清原なつのが筒井康隆『家族八景』に挑戦しているのだが,これも期待はずれ。その倫理観においていつの時代のマンガ,という感じだ(清原が15年以上昔に『花図鑑』等で提示したアンモラルは現在にいたっても鮮烈なのだから,本作の凡庸さはイタい)。

 ちなみに,創刊1号,2号で唯一面白かったのはしりあがり寿『ジョーモンCEO』,投資会社のCEOの夢が世界を征服して縄文時代を再現する,というものなのだが,そんな設定以前にその投資会社の業務光景の破天荒さ,何千億の金を左右しながら手取り22万円の給料でしじみをすする(貝塚を好もしくおもうためだ)CEOの魅力。これだけは単行本になったら問答無用で購入したい。

 そのほかの作品については,何を話題にしていいのかよくわからないくらいだ。
 絵が下手,という作家もいるが,タチが悪いのは絵が下手というわけではない作家だ。業界ではベテランなのにヒット作がない,その理由がそのままこの雑誌の誌面を埋めている,そんな絵柄さえ思い浮かぶ。

 ちなみに細かいことをいえば,遺体の清掃業を描くきたがわ翔『デス・スウィーパー』,今後の展開はいざしらず,連載2回まではまったくのところ田口ランディ『コンセント』冒頭部のパクリだろう。パクリで話題になった作家からパクってどうする。

2007/04/02

濁流のような情報そして時間 『気まぐれコンセプト クロニクル』 ホイチョイ・プロダクションズ / 小学館

894【大人のやることではない。】

 このところ,夢が,重い。
 普段は夢など目が覚めたらすぐ忘れてしまうのに,なんだか妙に一場面一場面が濃密であとをひくのだ。
 理由は,たぶんこれだろう。『気まぐれコンセプト クロニクル』。
 そこらの辞書より分厚い974ページ,重量は優に1キログラムを超えて愛用のノートPCより重い。見開きに四コマが4作並んでトータルざっと2000作,この数はいしいひさいちのドーナツブックス15,6冊分に匹敵する。

 その内容が「バブル前夜から始まって,バブル絶頂,バブル崩壊,不況の90年代,ネットと携帯の普及,そして景気回復の2006年へとつづく,疾風怒濤の23年間の,日本人の日常生活を覗くタイムマシン」(「はじめに」より)とあれば,これを毎晩寝る前に少しずつ読んで(仰向けでたくさん読むのは腕がもたない),夢が重くならないわけがない。
 道理で夢の中で妙に意味ありげに登場しては説教臭い台詞をものする連中が,あの(今はない)会社のあの人だったり,あの部署の(今はどこに行ったかわからない)あいつだったり,浮いて沈んで沈んで消えて,そんなことはどうでもいいのだけれど。なんだあんたはまだそこにいたのか。

 『気まぐれコンセプト』はカブト自動車,白クマ広告社といった広告クライアント,広告代理店の社員たちの生態(変態?)を描く四コママンガだが,実は現在もまだ続いているとは知らなかった。正確にいえば,スピリッツを読まなくなって10年近く経つが,自分がスピリッツを読んでいた頃,すでに連載が終わっていたように勘違いしていたのだ。
 多分,バブルがはじけた後は連載が収束していったように勝手に思い込んでしまっていたのだろう。四コママンガとしては,同じスピリッツ誌上に『コージ苑』『伝染るんです』『クマのプー太郎』等インパクトの強い作品が多かったため,「ギョーカイ」通ぶりが鼻につく印象ばかりでギャグとしてもそう評価はしていなかったように思う。
 つまりは,『気まぐれコンセプト』は連載開始当初より決して好きな作品ではなかったし,四コママンガとしてもとくに注目に値するものではないように感じ,あげくに自分の中で勝手に使命を果たしたものとして連載を終わらせてしまっていたのである。

 だがしかし,ホイチョイ・プロダクションズ,恐るべし。
 こうして23年分の作品をセレクトして一望にすると,広告業界の馬鹿ばかしさや時代の流行の愚かしさをその場その場で追ったこの作品が,何より雄弁な現代の記録となっているのは明らかだ。六本木のもうとっくにつぶれたプレイスポットや,あっという間にブームの去った商品を取り上げたギャグで笑えるかどうかは別として,それらを均等な重みづけで描き続けた仕事は,アニメ版『サザエさん』とまったく逆に,あらゆる風俗,ブームを取り入れてただ垂れ流すように見えて,その結果23年の間で変わらないものは企業人の見苦しいばかりの生命力だということを見事に描いてその点では文句のつけようがない。

 『気まぐれコンセプト』を語るというのは,作品について語るのか,ホイチョイというクリエイター集団について語るのか,それとも時代について語るのか,区別がつけにくい。
 ひとつ言えることは,『気まぐれコンセプト クロニクル』は言うなれば80年代から2006年までの『現代用語の基礎知識』である。知識などそれだけでは毒でも薬でもない。薬や毒がそうであるように,それが意味を持つためには傷や病や憎悪が必要なのだ。

 もっとこまごましたことを書きたいようにも思ったのだが,きりがないのでやめにしよう。もしこまごましたことをきちんと書こうと思ったら,付箋やメモを片手に何度か読み返す必要があるに違いない……これを?

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