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2007/03/05

『となり町戦争』 三崎亜記 / 集英社文庫

842【お問合せ 総務課となり町戦争係】

 ある日「僕」は,広報紙の紙面から,自分の住む町がとなり町と戦争を始めることを知る。銃撃音が聞こえることもなく,となり町を通る通勤路に何が起こるわけでもない。にもかかわらず,町の広報紙に発表される戦死者の数は静かに増え続け,やがてある日「僕」の元にも……。

 この設定は魅力的だ。力のある作家なら,誰だってこれをコアに彼ないし彼女ならではの作品をものすることができるだろう。

 たとえば,筒井康隆の『となり町戦争』(町どうしの戦争をきっかけにハナモゲラ星雲を巻き込んで日本以外全部沈没),浅田次郎の『となり町戦争』(町の境界に立つ影は十年前に死んだ娘で,兵役に志願した課長は),京極夏彦の『となり町戦争』(この邦の内乱は全て妖怪の仕業なのだよ猿めわかったかはっはっは),瀬名秀明の『となり町戦争』(町と町を結ぶ下水管をミトコンドリアがずるりと),野坂昭如の『となり町戦争』(戦争が始まってから終わるまで句点なし),よしもとばななの,星新一の,澁澤龍彦の,平岩弓枝の,えー,きりがないので以下略。

 この魅力的な設定を,三崎亜記はどうしたか。
 ……カフカを薄めに水割りにして,甘めのリキュールを加えたような感じだろうか。

 実際,これって……カフカの『審判』だよね。
 主人公は,となり町との戦争の実態がわからないままにそれに巻き込まれていく。しかし,「戦争」という言葉からイメージされるような銃撃戦や爆撃が展開するわけではない。主人公の周囲の者たちは,いずれも「戦争」の実態について主人公よりはわかっているようにふるまう。
 この,「僕」と「戦争」の距離感は,ヨーゼフ・Kと「裁判」の距離感にかなり近い。

 ただ,ヨーゼフ・Kは翻弄され,途方に暮れ,最後にようやく一つのリアルな結論を得るが,『となり町戦争』の「戦争」はむしろ日常の一点からスタートしてファンタジー様に拡散していく。物語は収束せず,童貞が夢見るようなヘンなセックスが描かれたり,戦争論の切れ端のようなものが語られたり,距離をおいていたはずの戦争が身近な者の命を奪ったり。悪くいえばだらしない展開。
 だから若々しい印象があってかつまた読みやすい,ということも言えるし,厳しい城が構築されなかった物足りなさも残る。
 とくに,物語全編に登場して重要な役割を演ずるヒロインについて,作者が何を描きたかったのかがよくわからない。不条理を具現化した(まさにカフカ的な)事務員なのか,戦禍に嘆く悲劇のヒロインなのか。

 けれど,文句ばかり書いてもしょうがない。最初に書いたとおり,設定は実に魅力的なのだ。
 ここには,筒井でも浅田でも京極でも野坂でもない『となり町戦争』がある。この魅力的な設定を打ち立てて,それをそれなりに面白く読ませてくれた,それが多分三崎亜記らしさということなのだろう。

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