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2006年12月の5件の記事

2006/12/31

『そして殺人者は野に放たれる』 日垣隆/ 新潮文庫

073 去りゆくこの2006年って,たとえば10年経って思い出せるものだろうか?
 イナバウアーとかホリエモン逮捕とかいっても,なんとなく焦点がしぼれないというか,つながりがないというか。

 本のベストセラーも,『東京タワー』,『ハリー・ポッターと謎のプリンス』,『生協の白石さん』,『国家の品格』,『愛の流刑地』,『えんぴつで奥の細道』などなど,いずれも「別に今年でなくっても…」な印象。

 添付画像は最近読んだうちで一番よかった,日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』。
 「心神喪失」の名の下に,極悪非道な殺人犯が次々と減軽され,あるいは刑罰からすり抜けているという刑法第39条のありようと司法の思考停止を徹底的に「例証」したノンフィクション。
 著者は「いじめ」によって弟を殺され,兄は精神病で入退院を繰り返すという体験の持ち主。とはいえ週刊誌に通販商品の品定めで1ページコラムを持つなど,必ずしも重いライターではない。本書も最初のうちはワイドショー的ライト感覚,情感に訴える手法など,気になるのだが……これだけ実例を挙げられると最後にはただもう打ちのめされるしかない。
 この上なく不愉快な本。その不愉快さから逃れるには,神経ではなく精神と論理の領域で振り払う努力をする以外にない。
 正月テレビに呆けた新年の一冊目に強くお奨め。

 さて,2007年はどんな一年になるのだろうか。
 ざっと考えた限りでは,やはりただなんとなく慌ただしい一年となりそうな予感。

 それでも慌ただしい程度ならまだいい。
 「あの泥沼の××が始まった年だな」とかいうのに比べれば。

 それでは皆様,よいお年を。
 必要なときには,呼んでください。いつでも僕は。

2006/12/25

暗愚と静謐と 『貴婦人Aの蘇生』 小川洋子 / 朝日文庫

711【儀式は行なわれなかった。】

 文学論をひねるために小川洋子を読んでいるわけではない。
 ののしり合いに近い言葉が飛び交うホットな職場から離れ,鋼と革の武装を解いて一人の時間の地底湖の波を鎮めたい,それだけなのだ。
 それなのに,ほんの200ページあまりの静かな小説の,ほとんど唯一のクライマックスシーンの数行を,この文庫の解説者はほとんど全文引用してしまう。それをとめられない編集者。
 そんな無神経さは,小川洋子を読みたい時間に最もそぐわない。

 剥製を集めて,最後には庭先で北極グマの剥製に首をつっこんで絶命した伯父。
 亡命ロシア人で,洋館にところ狭しと並ぶ剥製のことごとくに‘A’の文字の刺繍をほどこして日々をすごす老いた伯母。
 あらゆる建造物に入るために必ず扉のところで複雑な儀式を要する強迫性障害をわずらった青年。

 グロテスクでエキセントリックな登場人物たちは,しかし,バルテュスの絵の一枚のように動きをとどめ,外からながめた謎は,静かに謎の意味を喪ってたゆたう。

 風のない湖のように静まり返った水面は,やがて内からの力にゆっくりと細かい波動を寄せ,渦巻き,水しぶき,やがて解説者の魯鈍を忘れ。

2006/12/17

『KATANA (1) 襲刀』 かまたきみこ / ぶんか社

343【客から預かった刀でおまえがコロコロ遊んだあとは なぜだか刀が優しくなったもんだ】

 伝統ある刀匠の家に生まれ,人間国宝の祖父とその技術を受け継ぐ父に育てられた成川滉(あきら)。彼には刀自身の姿がなぜかまるで人間のように見える。
 滉は刀鍛冶の仕事を継ぐつもりはないが,中学卒業と同時に「研ぎ」の仕事を任されるようになり,やがて刀をめぐるさまざまな事件に巻き込まれていく。

 かまたきみこは,『クレメンテ商会』でもOA機器が人間に見えるなんていうとびっきりな設定を描いた作家で,刀たちの本性が人間の姿に見える描写などお手の物だ。呪われた名刀がキレた美少女,などはありきたりとしても,ヘタクソな研ぎ師にあたって錆びた刀がうらぶれ不貞腐れた与太者姿で,それが主人公に研がれるにつれ月代(さかやき)もこざっぱりしたきまじめな浪人姿に変わっていくあたりなかなかおかしい。
 刀鍛冶の厳しさを知るだけに刀とかかわることを避けようとし,それにもかかわらず常に刀がらみの事件に書き込まれる主人公がばたばたしたギャグノリであるのに対し,描かれる事件そのものは存外に陰惨で切ない。言うならばガラスを金属でひっかくような状況を,主人公が刀を「研ぐ」ことで和らげていく。かまた作品ではおなじみクールで無頓着な女の子も登場し,物語はにぎやかかつ若干アンバランスに展開していく。

 連載化することを想定していなかったため,読み切りだった第一話と第二話以降の設定が微妙に異なること,主人公が「見えてしまう」能力のためにさまざまな怪異に巻き込まれていく設定など,今市子の『百鬼夜行抄』を思い起こさせる。だが,かまたきみこの本領はおよそ「ホラー」に程遠く,刀剣を扱うだけに死人が出ないのが不思議なほど危ういシーンも少なくないが,それでもその本領は喪われたものたちへのやさしく遠い目線にある。

2006/12/11

『スノウホワイト グリムのような物語』 諸星大二郎 / 東京創元社

080【え…営業より ずっと きついぞ……】

 グリム童話を素材にしたパスティーシュ集。
 原作の残存率は各作品平均で3割程度か。タイトルを見ないと原作を思い出せないようなものも少なくない。

 さすがは諸星大二郎,有名な童話を本歌取りしながら闇にうごめく影を描いて独自の……と言いたいところだが,ぜんぜん物足りない。
 掲載誌がミステリ雑誌だったためか,妙にSF,ミステリ,ホラーの型にはめようと窮屈な印象が強いのだ。表題作「スノウホワイト」のほか「ラプンツェル」など,まったくのベタ落ちでがっかりしてしまう。
 朝日ソノラマから9ヶ月ばかり前に出た,同じ「グリムのような物語」のサブタイトルを冠した『トゥルーデおばさん』も必ずしもよい出来とは言いがたかったが,それでもあちらは黒い世界観,憑かれたような登場人物,諸星ならではのもごもごねっとりした雰囲気があった。『スノウホワイト』は全体に粉を吹いたような白っぽい絵柄,笑えないギャグがページを埋め,作者のバイオリズムが十年周期で上がり下がりするその最低局面なのかな,と,そのくらいつまらない。

 とりあえず,『スノウホワイト』よりは『トゥルーデおばさん』。『トゥルーデおばさん』よりはまず,稗田礼二郎か栞と紙魚子を揃えましょう。

2006/12/04

最近の新刊から 『ドーナツブックスいしいひさいち選集 39 ライ麦畑でとっつかまえて』『暴れん坊本屋さん(3)』『ドラゴン桜(16)』

781ドーナツブックスいしいひさいち選集 39『ライ麦畑でとっつかまえて』 いしいひさいち / 双葉社

 うーぬむぬむむん?
 バラエティに富んでいた前巻に比べて,今ひとつキレが悪いというか……得した気分が薄い。『ライ麦畑でとっつかまえて』という毎度の名作文学パクリタイトルも,伝説の(か?)『いかにも葡萄』や『椎茸たべた人々』『伊豆のうどん粉』に比べて面白くない。
 しいていえば用務員の操る「シュリ剣抜き器」の存在感と,最後のページ,青空に抜けるような外れ矢がお見事。……何の本の紹介なんだこれは。

 次巻は第40巻,ドーナツブックス収録作だけで通算5000を超える。
 本作は今ひとつだったが,朝日朝刊の『ののちゃん』のクオリティは今朝のもなんちゅーかで,いしいひさいちが相変わらずいしいひさいちであり続けているところはすごい。

『暴れん坊本屋さん(3)』 久世番子 / 新書館 UN POCO ESSAY COMICS

 1巻めが大手新聞の書評欄で取り上げられるなど,ベストセラーとなった(のだろう,書店でのあの平積み度合いを見ると)書店店員エッセイコミック。
 この手の作品はヒットすると売れる間は出来る限ーーーり引っ張ることが多いのだが,帯にこの3巻で完結とある。思いがけず動揺した。どうやら自分で思っていたよりずっとこのオバQが気に入っていたようだ。
 要は,本好きは本好きな人が好きなのである。多分。

『ドラゴン桜(16)』 三田紀房 / 講談社モーニングKC

 東大を目指す登場人物の一人,水野直美が初めて表紙をピンで飾った。これには意味がある。
 『ドラゴン桜』は,ダメダメな龍山高校を立て直すために,債権整理を請け負った弁護士桜木が特別進学クラスを組織して東大合格を目指す物語である。特進クラスの水野,矢島は,有能かつ個性的な講師陣の教えに少しずつ学力を高め,マンガ作品としてよりはその過程における勉強法がウケているわけだが……。
 前巻の手帳の話といい,今回の学力の話といい,ここ数巻は,水野がただの教えられっ子から,いかに自分自身で力をつけてきたかが大きなテーマとなっている。つまり,『ドラゴン桜』は,ここにいたってようやく水野や矢島にとっての成長物語となりつつある,ということである。
(非力な主人公が超人的なマスターと出会って成長し,強敵と倒していくのは少年マンガの王道パターンである。が,『ドラゴン桜』は,16巻を費やしてなお,主人公にあたる二人は自力で試験に出願することもできない。これは,実際に東大を受験する高校生においても大同小異だろう。勇者候補生には,高校二年の秋あたりに本書をがーっと読むことをお奨めしたいものだ。)

 なお,勉強に適した姿勢,計算のテクニック,試験の際の心構えなど,この第16巻は(受験生だけでなくおそらく社会人にとっても)役立つ情報が少なくない。
 惜しむらくは,受験生として精度を高めた水野や矢島が,登校の途上で淡々と目に入る光景を英語で表現したり,通りがかった車の番号4桁を足したり掛けたり縦横に計算してみせるシーンが次の17巻にこぼれてしまった。
 「学生が勉強する姿」を美しく描いたという点で,稀有なシーンである。次巻の発売が今から楽しみだ。

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