『きのこの迷宮 こんなところにあった,別世界』 小林路子 / 光文社 知恵の森文庫
【だからきのこは自然がそこにポンと置いていった贈り物のように思えるのではあるまいか。】
みな底にひそむ異形の徒が深海生物なら,森を飾るあやかしの使いがきのこである。
上に引用した一節の「ポンと置いていった」にも表れるごとく,なにか私たちの日常の脈絡とはかかわりなく,あたかもほかの次元からはみ出して,ふと気がつけばそこにいるような異界の生き物。さっきまでその切り株には間違いなく何もなかったのに,ふと振り向けば,そこに,いる?
本書は,細密なきのこの絵で知られる画家の小林路子が,きのこの楽しさを知らしめんと著したもので,きのこ採りの楽しさから食べる楽しみまで,さまざまな切り口からきのこを語りつくした1冊である。
繊細で不思議なきのこそのものの魅力。きのこを語り合う仲間たちとの集い。完全防備で山に踏み込み,雨をものともせずきのこを探す魅力。逆に都会の一角にひっそり発生するきのこをめぐり,菌類好き同士が出会う話。
きのこ好きが乗じて仲間うちで「仙人」とあだ名される著者の筆さばきは軽く明るく,笑いを誘うエピソードも満載だ。きのこを探して三年ばかりすると,次第に目がなれてきてきのこが見つけられるようになることを「きのこ目になる」という話など得がたく,興味深い。
ところで,山に登り,スケッチしたり,ナベにしたり,というきのこ採りの楽しみとは別に,きのこについて耳目を集めるのは,そのいくつかにエキセントリックな「毒」があることだろう。一昨年,これまでごく普通に食用とされてきたスギヒラタケが突如毒性を発現して多数の死者まで出たのも記憶に新しい。
餌となる生物を捕らえようとしたり,我が身を守ろうとする毒ヘビや毒虫の毒と違い,きのこの毒は明らかに「たまたま」人の体内で毒となってしまうものであり,症状も毒の強弱も千変万化,その分すさまじい。
嘔吐,下痢,腹痛などの胃腸系の症状は序の口で,
「再び激しい嘔吐がはじまり,大量の黒い血を吐き続け,タタミをかきむしって苦悶した」「その後も人工透析が欠かせず,一人前に働けない体になってしまった。臓器がボロボロになってしまうのだ」(ドクツルタケ)
「一時意識はもどったが,四人の子供のうち小さい三人は二日後に死亡,一番上の子は四日後に死亡した」(ニガクリタケ)
「手足の先が赤く腫れ,焼け火バシを刺されるような激痛が一ケ月以上続くのである」「皮膚がただれて,治ってもケロイド状になるそうである」(ドクササコ)
「数日後,四十度以上の発熱があり髪が抜けはじめた。運動や言語に障害が起き,幸い回復したが後遺症があり小脳に萎縮が見られたという」(カエンダケ)
など,など。食べたときには違和感がなく,何日も経ってから症状が出るものも怖い。あとに障害が残るのも恐ろしい。
きのこは結局のところ,ヒトとは文脈,文体が違う生き物なのである。理解できなければ,解毒剤の開発も難しい。
著者はきのこの楽しみを伝道する意識をもって本書を纏めたようだが,実際に記憶に強く残ったのはナベにして楽しいきのこではなく,あくまで異界の使者としての謎めいた毒きのこの姿である。
(まぁ,このあたりは私がもともとマツタケ含めてきのこにあまり食欲のわかないタチであることにもよるのだろうが。)
きのこのヒダからツボにいたるまで詳細に扱った本書は実に興趣に満ちた書物ではあるが,しいて1冊の本として欲をいえば,本文中にさまざまなきのこが話題に登場するのに対し,カラー口絵にはタマゴタケやアシベニイグチなどほんの数種類しか掲載されていないことが寂しい。カラフルな,あるいは不気味なきのこと遭遇し,「私は喜んで,地面に寝転び,スケッチをした」といったような表記が散在するだけに,余計に口惜しい。
また,きのこの食べ方について万漢全席ならぬ「万菌全席」と称してシブくてゴージャスなきのこ料理のフルコースを紹介するなど,バラエティに富んだ内容のわりに,最後がきのこグッズやきのこの形を模したお菓子の話題で終わるのはどうもバランスが悪い。同じきのこの話題を広げるのなら,きのこが登場する本や映画まで扱ってほしいと思うのは,選り好みが過ぎるだろうか。しかし,冬虫夏草を扱って名高い白土三平『イシミツ』や,きのこの怪しさを描いて夜の巷の心肝寒からしめた映画『マタンゴ』など,私の知る限りでもきのこを扱った作品には魅力的なものが少なくない。など,など。
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