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2006年8月の4件の記事

2006/08/31

『怖い本(6)』『「超」怖い話Θ』『ゆるしてはいけない』『東京伝説 渇いた街の怖い話』『いま,殺りにゆきます』 平山夢明

070 ドアを一歩出るとどんと熱の壁にあたる。日陰を抜ける風さえ重く汗が吹き出る。
 ……そんな“真夏”を感じることのほとんどないまま8月が去ろうとしている。
 それでも,今年の夏もやはり怪談本は読んだ。昨夏は少し文藝,民俗学の色合いの強い中公文庫が多かったが,今年は正面から「実録怪談」モノ中心だ。

 『怖い本(6)』 平山夢明 / ハルキ・ホラー文庫
 『「超」怖い話Θ』 平山夢明 編著 / 竹書房文庫
 『ゆるしてはいけない』 平山夢明 / ハルキ・ホラー文庫
 『東京伝説 渇いた街の怖い話』 平山夢明 /竹書房文庫
 『いま,殺りにゆきます』 平山夢明 / 英知文庫

 「実録怪談」といえば,昨今のブームは木原浩勝・中山市朗が採話した『新耳袋 現代百物語』が嚆矢とされているが,『新耳袋』そのものは自ら課したルールに自ら身をすくませた印象で,後半は自在に「怖さ」を輻射する力を喪ってしまった。

 現在,「実録怪談」を編ませて一番怖いのはこの平山夢明だろう。それが実話であるかどうか(少なくとも語り手が事実と信じているかどうか)など,理屈に降り立つことなく,ただただ怖い。

 深夜,リビングで一人読んでいると,隣の和室でみしりと音がする。洗面台のほうで歯ブラシか何かが倒れる。エアコンの風にテーブルの白い紙が静かにすべる。
 これではかなわないと家族が寝ている二階にあがり続きを読もうとすると,足元の押し入れが少し開いている。階下の玄関から階段をうかがう気配がある。天井が鳴ってその板の木目が目に見える。

 『怖い本』『「超」怖い話』はいわゆる怪談,心霊モノ。『ゆるしてはいけない』『東京伝説』『いま,殺りにゆきます』はストーカーや隣人の狂気など,人が壊れる話,壊された人の話。友人とマンションに帰ったら,ベッドの下にナイフを構えた男がいた……などという都市伝説系のエグい話は後者のほう。

 どちらが怖いかは一概にはいえない。心霊譚は確かに怖い。大半がよくできた作り話でも,1冊に1つホンモノがあって,それを読むことで何かを招いてしまったら……という怖さがある。後者のゲテモノ度合いも半端ではない。ふられて逆ギレして,といった程度の話ならともかく,いきなり拉致監禁され,縛られて歯を一本一本抜かれた女性の話,神社の階段でいきなり突き落とされ,骨折して血まみれになったところの写真を送りつけられた話,マンションで突然上の階からテレビが降ってきて自分の名前が書いてあった話……のようなものをいくつも読んでしまうと,被害者に感情移入しての怖さと同時に,どこかで自分の中のバネが音を立てて折れる恐怖がある。

 後書きなど読むと編者は締め切りには相当ルーズな様子だが,それにしても数社を股にかけてのバイタリティには驚く。文体は木原浩勝よりやや艶があり,センテンスが短い。そして話そのものも大半が短い。
 始まるとすぐ,後ろを振り向けなくなり,終わるころには顔を上げることもできなくなる。

2006/08/20

続・夏の甲子園

 打撃戦というより乱戦の多かった今大会だが,今日の決勝は見どころの多い,いい試合だった。
 延長15回,1対1の引き分け,再試合。

 とくに,2連覇を達成,3連覇に挑みながら,一昨年決勝の済美戦を除き,とくに強豪との厳しい試合の印象のない駒大苫小牧にしてみれば,これで本当の意味で球史に残る強いチームとして記録にも記憶にも残るチームとなれたのではないか(2連覇を達成したチームに失礼な話だが,どうもクジ運や日程に恵まれ,相手の乱調のうちに勝ってきた印象が強い。今大会も,春の決勝を争った横浜,峰清,また大阪桐蔭,八重山商高などの優勝候補,話題高と当たらず,日程も早稲田実業に比べると余裕があった)。

 その駒苫の田中だが,プロ注目というわりに速球,スライダーに目を見張るほどのキレがなく,失点も多い。この大会のエースとしての視線を早実の斎藤にすっかり奪われた感じだ。今日も,ここを抑えれば負けはないという延長15回表,斉藤が147キロのストレートで押したシーンはアナウンサーが声を上ずらせるだけの華があった。斎藤が投球の合間に汗をふくポケットタオルがファンの女性に話題になって150枚が売れたとか,こういった話題の転がり方も久しぶり。

 松商-三沢の延長18回0-0の再試合は4-2の平凡な試合だった。さて,明日は?

2006/08/14

夏の甲子園

 いつか,仕事が一段落したら,甲子園の一大会全試合を見るというのが夢だ。もちろん,できれば現地に行って,応援するチームを直接応援しながら。

 ……などとつらつら考えているうちに年月は経ち,野球への情熱もかつてほどではなくなってしまった。それでも,高校野球の大会が始まると,テレビで,新聞で,見られるだけは見る。一つの大会が終わるころには,何人かの選手が記憶に刻まれ,プロに進んだと聞けば出身地や学校にかかわらず応援したくなる。

 最近は,バッティングの練習技術向上のせいか,打撃戦が多い。池田高校やPL学園,智弁和歌山の記録がかすむような乱戦が目につくが,本来地方予選のベスト4程度で消えるべくチームが出てきているような気がしないでもない。まぁ,アマチュアのスポーツ大会なのだから,それもいいだろう。

 今回は,駒大苫小牧の3連覇が話題になっているが,今一つピンとこない。
 第一に,一昨年の夏の決勝,済美高校との試合を除くと,松商-三沢,箕島-星陵,横浜-PLといった歴史に残る名勝負に欠けるような気がする。もちろんそれは駒苫の選手たちのせいではないし,それで連覇の価値が変わるわけでもないだろうが,物足りなさは否めない。
 第二は,件の不祥事だが,今どきの高校生に昔の理想を押しかぶせてもしょうがないだろう。いやなのは,妙な隠蔽体質,強いからという容認臭だ。別の言い方をするなら,(隠すことを含めて)管理も手腕の一つだということか。

 個人的な好みは,プロ候補の重量級を集めたチームより,小柄な選手たちがきびきび走り回る試合がいい。テレビも個々の選手をあまり持ち上げないでほしい。見たいのは試合であって,ドラマや感動ではない。

2006/08/01

クポ? パコン クハ~ッ 『カッパの飼い方(7)』 石川優吾 / 集英社ヤングジャンプ・コミックス

281【田代さんは それで今日ベンチで 泣いていたんだ】

 今野圓輔『怪談 民俗学の立場から』(中公文庫BIBLIO)の冒頭近くに次のような表記があって思わず笑ってしまった。

 曰く,「ことに戦後にはなばなしく復活したのは河童である」
 曰く,「水辺に住む代表的な化け物としてのカッパは,どういうものか最近,妖怪変化界の寵児であって,単行本も出ており,詩や歌にもよまれ」(以下略)

 そうか,はなばなしく復活。詩や歌にまでよまれたか,カッパ。
 ちなみにこの『怪談』,1957年の教養文庫の復刻版である。

 『怪談』の初版から経ることざっと五十年,またしてもカッパは静かに復権していた。たいした生命力である。パコン。

 石川優吾はベテランの割に世評が高いとは言いがたいが,もともと画力,構成力は『童乱』をひくまでもなく相当カサ高い。大きな函を作者本人が本気でチェックせずにほったらかしている,そんな按配だ。
 かくして石川優吾にしてみれば,『カッパの飼い方』などたやすい仕業,文字通りヘのカッパだったのではないか……いやもちろん,こんなもの言いは作家の産みの苦しみを軽んじて全くよろしくない。よろしくないのだが,余技にけろりと描いているように見えるところが本作の魅力の一つなのだからしょうがない。クポ。

 実のところ,『カッパの飼い方』の構造はかなり複雑だ。
 舞台は高度成長期,ようやくカラーテレビが登場した当時の日本。ただしその日本では,古来からカッパが生活の中に存在し,本作でも主人公はペットショップで養殖の仔ガッパを手に入れる。つまり,この作品では,カッパが日常に存在する世界,しかも今からみて数十年前を「現在」として描くという凝ったからくりが用意されているのだ。
 その世界では,カッパがいるという一点を除くと,主人公の住む木造アパート,田舎の風景など,少し前までの日本の風景が(「懐かしい風景」としてでなく)ごく当たり前の光景として描かれる。その光景の中で主人公たちと寝食をともにするカッパ,カッパ,カッパ。
 そこで起こる事件は,たとえば……

 いや,これ以上本書の内容を紹介してしまうのは野暮というものだろう。

 人によっては笑いが止まらないかもしれない。ふんこの程度,と鼻で笑いながら,目頭を赤くする人もいるかもしれない。
 『動物のお医者さん』や『ハムスターの研究レポート』など,動物を描いていわゆる「癒し系」とされるマンガは少なくないが,ページを開いて読んでみないとその空気が想像できない点において『カッパの飼い方』は頭抜けている。
 「かぁたん」をはじめとする仔ガッパたちの仕草のかわいさ,奇妙な生臭さはたまらない。だが,この世界はサザエさんの家のように,同じ時を無限ループして進まないわけではない。仔ガッパは育ち,大人ガッパは年老いる。
 その時代から三十数年を経た(物語世界での)現在,その日本は,カッパたちはどうなっているのだろう。そう考えると軽々しく「癒される」などと言いがたい。昭和四十年代のモノクロ写真と同じ,埃っぽい喪失の予感がここにはある。

 ところで,動物モノ(カッパは動物か?)の多くでは,どうして人間の顔が描かれないのだろう。『ハムスターの研究レポート』も確かそうだったし,そうそう,『トムとジェリー』も人物は下半身しか描かれていないのだった。

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