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2006/05/17

大人のマンガ,を考える 『誰も寝てはならぬ』(現在5巻まで) サラ イネス / 講談社ワイドKCモーニング

855【さあー 俺もイキオイでもろてんけど 何かにできるか? コレ  できません】

 サラ イネス作品の魅力を直截簡明に語るのは難しい。
 以前(やー,もう6年も前のことだ)『大阪豆ゴハン』を取り上げた際も瑣末事ばかり話題にして番茶を濁した覚えがある。まだ,若かったのだ。違うって。

 『誰も寝てはならぬ』に登場するのは,赤坂のデザインオフィス「寺」に出入りする,少し浮世離れしたデザイナー,イラストレーターとその周辺の人々。個々のキャラが前作『大阪豆ゴハン』の脇役たちと少しかぶっていて懐かしい。

 この作者の一連の作品によく貼られるレッテルが「脱力系」だが,それだけでは瓶からこぼれるものが少なくない。作品全体を覆うかなり濃密な「大人」テイストの源はどこにあるのだろうか。
 登場人物たちは太平楽に◇と口を開いた高等遊民(死語かな)に見えるが,実はいずれもけっこうビジネス手腕にたけ,とくにバブル経済華やかなりしころにはそれぞれ忙しくも美味しいめに遭っている。業種もデザイン,イラスト,報道,オシャレな飲食店経営など,いずれもカタカナ自由業ないしその近隣,ランクも自営社長レベルである。安く手に入れたブランド品をさらりと着こなし,車はマニアックな外車,住まいも通勤の便利さなどより趣味嗜好を優先している。要するにヘンな生活を営めるだけの経済的余裕があるのだ。
 そういったいわゆる「ハイソ」感が強く表に出ないのは,太いペンでラフに描かれた温帯性能天気な絵柄にもよるが,基本的に誰もが金勘定に頓着ない風を示していることも大きい。早い話,いずれもええとこのボンボン,ご令嬢様なのである。その育ちのよさ,鷹揚さは,上目遣いと見下ろし目線の交錯するモーニングの読者層を考えればイヤミすれすれ,かなりアクロバティックなバランスのうえに成り立っている作品ともみなせる(人気があるようにみえて過去の単行本がいずれも絶版であったり,文庫も『大阪豆ゴハン』の抜粋3冊分しか発刊されなかったりというのは,そのあたりと無関係ではないかもしれない)。

 わかりにくいのは,どこまでが作者の実体験で,どこまでが作り事か,ということ。
 前作『大阪豆ゴハン』連載中には,「梅田近辺で安村家を発見した」という投書が相次いだという。デビュー連載『水玉生活』から新作『誰も寝てはならぬ』まで,同じ設定のキャラクターがあたかも作者の年来の知己であるかのように登場することから,作者周辺の実在人物がモデルと推察されるコマが少なくない。だが,一方で作者の企画力はかなりしたたかで,すべてまったく見事なコシラエゴトらしきフシもある(『大阪豆ゴハン』の登場人物の数人が名称もしくは容貌においてラリードライバーを模したものだった,など)。
 このあたりの虚実の皮膜,どちらとも断定できない底知れなさが,単に「脱力系」ギャグなどという言葉では蔽い切れないほろ苦さにつながっているのは間違いない。

 もう一点,「大人度」のポイントが,登場人物の多くがバツイチ(以上)だったという設定だ。
 『誰も寝てはならぬ』の主人公,ハルキちゃんはバツイチ,ヤーマダくんもバツイチ,ゴロちゃんにいたってはバツ3である。オフィス「寺」にわけなく出入りする魅力的な女性陣も,せんじつめればなにやらアンニュイな過去がなきにしもあらず。ただ,それなりにそれなりの経験を背負った彼ら彼女らは,同時に作品中では常にサバサバして引きずらない。このサバサバ度合いが大人なのである。
 ただし,サラ イネスの描く登場人物が「大人っぽい」かといえば,そういうわけでは全然ない。むしろ年齢からすれば子ども子どもしているといってもよい。それが,あのペンタッチに乗るとそこらのマンガよりよほど「大人」感を示す不思議。……結局,よくわからない。

 こんなややっこしいことなど考えず,ただノンシャランな世界を楽しめばよい,という親切なご指摘も当然あるだろう。だが,心のどこかに,それはちょっともったいないことじゃないかと囁く声がする。それがサラ イネス作品の奥行きなのである。

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