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2006/05/12

大人のマンガ,を考える 『沈夫人の料理人』(全4巻) 深巳琳子 / 小学館ビッグコミックス

435【美味しい物が 私には ふさわしいんだよ。】

 大人のマンガなどというとすぐエロとか18禁とかに意識の指が伸びそうだが,そうだろうか。
 要は大人と子供をどう区別するか,だ。18歳,20歳の経度にある赤い点々の日付変更線などどうでもよろしい。子供のくせに大人っぽい,大人のくせに子供っぽい,この「大人っぽい」の「ぽい」のあたりから漂うアヤシゲな気配こそがよくも悪しくも「大人」の領分なのだ。むしろエロに過剰に反応するのこそ実のところ子供のしるしであって……いや,いや。エロならエロに,大人らしく書いたもの,子供が書いたものがあり,大人向けに書かれたもの,子供向けに書かれたものがあって。
 など,など,など,など。

 こういう議論はそれはそれで楽しそうだが,今日はパス。もうちょっと単純に「大人でも楽しめる」「大人ならではの楽しみが得られる」,そういうマンガをいくつか紹介したい……今回はその程度の試みである。
 ちなみに,1960年代以降,文芸誌,週刊誌等に掲載されたいわゆる「大人マンガ」はここでは対象としない。個人的に好みではないため。

 さて。なにはさておき,最近4巻で完結したばかりの『沈夫人の料理人』だ。

 『沈夫人の料理人』は料理マンガである。
 ……と,たとえば『美味しんぼ』『ミスター味っ子』『クッキング・パパ』,最近なら『喰いタン』『焼きたて!!ジャぱん』あたりと比較できるなら話はケンタッキーフライドチキンなのだが,ことはそれほど吉野家,マクドナルドでない。
 確かに,『沈夫人の料理人』の各話とも,旨そうな中華料理のレシピは描かれている。中華というよりラーメン屋のメニューを並べた『中華一番』などに比べても格段に本格的だ。だが,個々の料理はいうなればボードゲームのカードに過ぎない。
 この作品は明代の江南の都市を舞台に,「主人」である有閑夫人が「主人」であることをかさに,料理人を思うさまもてあそぶ(←ここ太字)物語である。料理人の李三は無骨で馬鹿正直で料理の腕は抜群,沈夫人を優しい高貴な女性と崇拝しているが,沈夫人はその李三に婉曲に(←ここも太字ね)無理難題を吹きかけ,困り果てた李三が饗する料理こそが最高に美味と知っている。

 沈夫人の手腕は,「いじめ」などという子供の領域にはなく,2巻にいたるや思いつく限りの心理テクニックを駆使して「暴虐」「非道」「人非」の域に達する。李三はただおろおろとはいつくばり,身もだえ,涙して許しをこい,肩をふるわせながら呆然と料理を具するばかり。そして,毎話,沈夫人の「あら美味しい!」の美麗な顔をもってあたかもことの顛末が天真爛漫な「いたずら」にすぎなかったかのように描かれてさわやかに(!)幕を閉じる。

 ……およそ舞台も状況もキャラクターも異なるが,この構造は数人の男たちが一人の淑女を調教する『O嬢の物語』に近しいような気がする。
 絵柄,ストーリーは古臭い「艶笑」という言葉をうかがわせながら1巻から2巻へと崖を転がり落ちんばかりにエスカレートしていく。だが3巻,4巻にいたって結局は一話読み切りの「シチュエーションコメディ」として予定調和の平穏のうちに第一部が終わる。ああ,よかった。
 もし。もしも,3巻以降,2巻の勢いそのままに暴走していったなら,果たしてこの国のマンガの歴史はどうなってしまっていたのか。平成元禄のぬるま湯に首までつかった読者はそれに耐えられただろうか。

 少しでもグレーな用語を片っ端から変換候補からはずしてしまったWindowsの日本語変換システム(MS-IME)も,なぜか「奴隷」は平気で変換してしまう。現在では奴隷制度は存在しないため,差別用語たり得ないので,という説があるが,この『沈夫人の料理人』は,「隷属」すること「隷属」させることにこそエロティシズムがあるという一つの例証となっている。
 裸体だとか男女のからみだとか,およそ凡夫がエロティックな行為を想起させるコマは何一つないにもかかわらず,この作品はそこらのアダルト雑誌などよりよほど淫蕩だ。大人のたしなみとして,ぜひ本棚の最上段にこっそり忍ばせたい逸品である。夢見るぞ。

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